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ほどなくして警備隊に連れられた獣人達が、レオンを先頭に集会所にやってきた。席に着くよう促すと少しの間があったものの、素直に座ったことから、警戒はしているが敵対する意思は無いように感じられた。
「さて、まずは俺の招待に応じてくれた礼を言おう。ロルフ以外は初めましてになるから、一応自己紹介をしておくか。俺の名はゼロと言う。よろしく頼む」
「……ゼロ?本当に君なんだよね。確かに匂いは前に嗅いだ時と同じ匂いだけど、容姿が大分違うようなんだけど…」
そういえば、こいつを奴隷商から購入したときは貴族っぽいの姿に擬態していたんだった。そして今はマジクの姿に擬態している。変装しているという言葉だけでは、納得することは難しいだろう。
「それは、俺の能力の一つだ。俺達が手を組むか分からない現状では、具体的にこの能力を説明する気は無いからこれ以上の詮索はしないでくれ」
「…うん、分かったよ。話の腰を折っちゃってごめんね」
「いや、気にしていない。……さて、義勇軍のリーダーであるレオン。単刀直入にお願いしよう。マリスレイブに捕らわれた亜人達の救出で手を組まないか?」
「…あの都市の奴隷は元からすべて解放する予定だった。エルフや獣人関係なくな。それが俺達亜人の身を守るための最善の策だと考えていたからだ。なぜなら被害が大きくなれば大きくなるほど、奴らが亜人の奴隷売買という愚かな行いに対して二の足を踏むようになると思ったからだ。その為の準備もそれなりに進めてきたつもりだ。だがそこにゼロ、お前が出てきた。正直に言うと、お前という存在が俺達にどのような影響をもたらすのか判断しかねている」
口ぶりからすると、どうやら俺は人間の味方だとみなされてはいないが、安心して背中を預けることが出来る人物でもないとも思われている。さて、どうしたものか。
俺がエルフからの信頼を得ることが出来たのは、エリーとエルフの幼い少女を冒険者の手から救い出すことに協力したことにある。契約のスクロールも役には立ったが、あくまでそのきっかけを作ったのはエリーたちを助けたことが始まりだ。それが無ければ契約のスクロールを使う段階にまで発展しなかった可能性も十分に有る。
では獣人達の場合はどうか。確かに俺はロルフを救い出したが、言い方は悪いが金を出して奴隷商から購入しただけである。金で相手からの信用を買えるのは商売の話に限られるだろう。命のやり取りをするような場合では、お金を出しただけでは完全に信用するというのは難しいのかもしれない。
獣人達の目の前で、人間の冒険者を殺せば多少は信用してくれるのか…難しいだろうな。すでに人間の味方ではないと判断はされている、更にもう少し奥にまで踏み込まなくてはならない。
やはり契約のスクロールを使いのが手っ取り早いのか。しかし契約の内容は如何とするか。『マリスレイブに奴隷として捕らわれた、亜人救出に双方が全力で協力する』か?悪くないかもしれんが、過去に捕らわれ、すでに死んでしまった亜人の扱いがどうなるのかさっぱりわからん。
すでに助けることのできない獣人が、この契約によってどういった扱いになるのかが分からないからだ。『まだ生きている奴隷~』なんて前文を付け加えても、「お前が生きている獣人の奴隷をすべて殺せば、助ける必要は無くなるんだよな!」なんて言いがかりをつけられても面倒だ。
契約のスクロールは便利ではあるが取り扱いを間違えると、面倒なことになりかねない。多用するのはリスクが大きいのだ。
会話が少し途切れかけてしまった頃、里の長であるローゼリア様が顔を出した。人の力に頼りきるようであまりいい気はしないが、これで少しは状況が好転することを願わずにはいられない。