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気がつけばかなりの数の『精霊樹』の実を食しており、眷属がこちらの様子を窺いに来なければもっと多くの数の実を食べていただろう。己の自制心の無さにびっくりした。
時刻は夕刻に差し掛かっており、辺りが薄暗くなり始めていた。夜目が効くことと睡眠時間が短くても活動できる体質のおかげで深夜でも問題なく行動できるが、深夜に鍛錬をすれば周りから鍛錬によって発生する音がうるさいと、文句を言われてしまうかもしれない。騒音トラブルなんかでエルフとの関係がこじれてしまえば目も当てられないので自重する。
エルフとの良好な関係は間違いなく今後の俺の糧になる。訓練や眷属の能力の検証をしたい気持ちをググっと抑え、眷属達に『精霊樹』の実のおすそ分けを渡した後、おとなしくこの里での滞在の拠点となるローゼリア様の屋敷に向かうことにした。
用意された客室からは『精霊樹』が良く見える。よい部屋を俺に与えてくれたものだ。就寝時間にはまだ少し早いが、『精霊樹』の実をたらふく食べたためか、気持ちのいい満足感が俺を包む。明日も頑張ろう、そう思い眠ることにした。
睡眠中の俺を起こしたのは、朝を告げる鳥の鳴き声でもなければ活動を始めた人々の営みの音でも無く、眷属が俺を呼ぶ念話の声だった。
『…ス!ボス!ふぅ、ようやく念話が繋がった。どうしたんですか、ボス。全然念話が繋がらなくて、焦りましたよ』
『……ん?ああ、スマン寝てた。どうやら相手が就寝中だと念話が上手くつながらないようだな。今まではそんなこと無かったから全然気が付かなかった。俺達は超ショートスリーパーだから、基本的には起きているし。それで、どうしたんだ?こんな時間に』
『朗報です。ロルフが無事、義勇軍のメンバーとの合流に成功しました。ロルフの首に嵌められた『隷属の首輪』を見て最初こそは警戒されましたが、私が持つ『支配者の指輪』を彼らに渡すことで無事、誤解は解けたようです。現在はロルフが今までのことを義勇軍のメンバーに話している最中でありまして、もしかしたらボスからも何らかの説明をしてもらう必要があるかもしれません』
『ん、分かった。まぁ無事に合流出来たようで良かったよ。問題はこれからだがな。ロルフと義勇軍のメンバーの会話の内容も聞きたい。お前と意識を共有するけどいいか?』
『もちろんです』
眷属と意識を共有する。目の前には一般人ではなく戦闘訓練を積んだと思われる獣人達がおり、時折質問を交えながら眷属の隣にいるロルフの話に耳を傾けていた。
「…といった具合で、無事ゼロに購入された僕は、解放されてここにいるわけさ」
「うーん、それにしてもそのゼロとかいう人間、本当に信用してもいいのか?実は我らを纏めて始末するためにお主を解放し、我らと合流させたのでは無いか?」
「絶対にないとは言えないけど、そうなるとエルフと行動を共にしていた説明がつかないからね。もちろんそのエルフがゼロに操られていた可能性はあるだろうけど、見た感じそんな感じはしなかったし」
「私としては、最初にあなたと話をした時のネズミが気になるかな。結局そのネズミは何だったの?魔法を使ってネズミを操っていたとかじゃないのよね?」
「うん。あれは見た目は只のネズミだったけど、間違いなく別の生物だった。流石に正体までは分からないけどね。翌日僕が彼と会って話した時に感じた匂いが、ネズミと同じ匂いだったから彼がそのネズミと関係がるってことはすぐに気が付いたんだけどね。もしかしたら、ごく少数のエルフが使えるという『思念体』の様な能力なんじゃないかなと思っている。だとしたら、エルフと行動を共にしていたことも納得がいくし」
「じゃぁ、そこのスライムは何なんじゃ?こ奴もその『思念体』というやつなのか?じゃが、見た目も雰囲気も普通のスライムじゃぞ?」
「うん、彼は使い魔のようなものと呼んでいた。いつでもこいつと情報を共有できるから連れて行けとね。もしかしたら今も、僕たちのこの会話もこのスライムを通して聞いているのかもしれない」
このまま彼らの話を聞いて少しでも多くの情報を得ようと思っていたが、予想よりも早く眷属が注目を浴びてしまった。まぁ、一番気になっていたこと、俺があのネズミに擬態した姿とまでは気が付いていないようだな。当然と言えば当然であるが。獣人と協力すると決まっていない今の段階では、それは良かったと言える。
さて、これからどうしようか。無視するのも一手だが、いたずらに時間を消費するのも好きではない。となるとこちらも、ある程度腹を割って話をする必要があるか。
「その通りだよ。久しぶりだなロルフ、無事仲間と合流出来たようで安心したよ。そして初めまして、獣人の義勇軍の諸君。俺の名はゼロと言う。今はこのスライムの体を介して君たちと会話をしている。このように、ある程度なら俺の手の内を君たちに晒しても構わないと思っている。だから君たちもリーダーが出て来て話をしてくれないかな。君たちも時間は惜しいだろ?手っ取り早く話を進めようじゃないか」
方々から「スライムがしゃべった」とか「いや、あれは絶対スライムじゃない」といった話し声が聞こえる。その中にはロルフも含まれていた。まさかスライムを通じて会話が出来るとまでは思ってはいなかったようだ。
しばらくの間ざわめきが続いた後、獣人達の人並みを割くようにして一人の大柄な獣人が近寄ってくるのが見えた。立派な鬣を持つ『獅子』の獣人だ。肉体能力が人間よりも高いと言われる獣人の中でも、数が少ない代わりにとりわけて高い身体能力を持つと言われる獣人だ。多分彼が義勇軍のリーダーなのだろう、早速出張ってくれるとはありがたい。




