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引き続き訓練に励むという2体を置いて、以前訪れたローゼリア様の屋敷に向かう。屋敷の扉の鍵は開いているから勝手に入ってこいとのことで、少しばかりの遠慮があったがその通りにした。記憶を頼りに執務室へと向かう。そこには俺の眷属をクッション代わりにして、お茶を飲みながらくつろいでいる彼女がいた。
「久しいな、ゼロ。元気にしておったか?」
「ええ、まぁ、何とか。それで、そこの俺の眷属は一体…?」
「ん?ああ、こ奴か。警備隊の者達と連絡を取るために1体は、儂の専属になってもらったのじゃ。やはり現場と直接連絡を取る手段があるというのは、何かと便利じゃからな。それで常に儂の傍にいてもらうようになったんじゃが、見れば見るほど柔らかで、質の良いクッションの代わりになるのではないかと疑問に思ってな。試しに使ってみると思ったよりも心地よくてな、最近では儂に安らぎを与えてくれる生活必需品になってしもうたんじゃ」
「生活必需品って…俺の眷属は物ではありませんよ。そこでクッション代わりに使われているお前も、それでいいのか?」
「よくは無いですが、自分がその要請を断ってエルフとの間に軋轢が生じてしまえば…そう考えると、自分一人の犠牲でローゼリア様の好感が得られるのでしたら、喜んで礎となりましょう」
「よく言うわ、お主。『精霊樹』の実を報酬として渡すと言ったら、喜んでクッションの代わりでもなんでもなりますって言っておったくせに」
うーん、流石俺の眷属。『精霊樹』の実を報酬に出されてしまえば、ある程度の頼み事は断れずにいる。エルフの中で勢力を伸ばしていこうと思っていたが、そのうちエルフに飼われるだけの存在に成り下がっているのかもしれない。
『精霊樹』から魔力を吸収している眷属は強くなりたいと俺に懇願してきたというのに、こいつにはその気概を感じない。これはこの眷属の個性によるものだろう。
とはいえ、『精霊樹』の実という魅力から逃れることが出来ないのは、俺自身がよくわかっている。一概にこの眷属のことを批判することは出来ないが、思うところはある。短くない静寂が続いた。
「そ、それよりもボス。今日はどういった理由で里に戻られたんですか?非常事態であれば、念話であらかじめ内容を伝えておく手はずになっていたと思いますが」
「露骨に話題をそらしやがって…まぁ、いいか。簡単に言えば、思いがけずに時間に余裕が出来てしまったことが原因だな。と、言うのも…」
奴隷商の館に侵入して、獣人という協力者が得られそうになったことを始め、知りえた情報をかいつまんで端的に説明した。
マリスレイブの都市に潜入した当初はどんな些細なことでも逐次眷属を通じてローゼリア様に伝達していたが、次第に面倒になったのかそれとも俺のことを信用してか、こちらが聞くまではいちいち報告しなくていいと言われたので、これら情報は初めて伝える。
「獣人からなる義勇軍か。そ奴らと協力できれば確かに子供らの救出も成功する可能性も上がるじゃろう。じゃが、そのロルフとかいう獣人がなかなか仲間らと合流出来んというのもおかしな話じゃな。その義勇軍とやらは、マリスレイブの都市近郊で活動しておったんじゃろ?」
「ええ、眷属からの情報によりますと、別にロルフが手を抜いているとかではないようです。恐らくロルフが捕まった時点で、彼が知る拠点を破棄して別の場所に移動したのではないでしょうか」
「ロルフから情報を引き出した人間が、討伐の為に押し寄せてくる可能性を踏まえればそれもありうるじゃろうな」
「正直俺も困っていまして。獣人達と協力するならそれを念頭に置いて作戦を練りますし、出来ないのであれば我々の力だけで子供らの救出のための作戦を立てなければなりません。どちらに転ぶか分からない現状が一番厄介ですよ」
「仕方あるまい。ま、そういう時はどちらにも転んでもいいように、両方の準備も進めておくのが良かろう。儂らにできることがあれば遠慮なく言えばよい。エルフが前面に出て協力できない分、裏方ではお主の力になろう」
「ありがとうございます。とりあえず『精霊樹』の実を下さい。あれが無いと、最近どうもやる気が出なくって…」
「『精霊樹』の実に中毒性なんてあったのか?いや、お主の好みの問題か。よかろう、好きなだけ持っていくが良い。お主の眷属が『精霊樹』に近寄る害虫を駆除してくれているおかげか、最近『精霊樹』の機嫌が良いようなんじゃ」
「機嫌?『精霊樹』に感情があるんですか?」
「あくまで漠然とした感覚のようなものじゃ、明確な意思があるわけではない。じゃからといって『精霊樹』を粗雑に扱っているわけではないがな。『精霊樹』もお主になら喜んで実を分けてくれるじゃろう」
「それじゃ早速収穫に…いや、『精霊樹』にいる眷属の労を先にねぎらうことにします。現場ならではの何か変わったこととか、気が付いたことがあるかもしれませんし」
ちなみに、魔力を吸収する眷属は嫌がられないのに害虫の方は『精霊樹』から嫌がられているのは、眷属は魔力だけを吸収するのに対し、害虫は葉や木の幹を傷つけるためであるらしい。そのため眷属達は『精霊樹』を傷つけないよう慎重に活動している。
あと去り際に人間の捕虜の件について話したところ「好きにしろ」という事だったので、無事実験体の確保に成功した。すぐにでもヴェノム・スライムの能力の検証に入りたいところだったが、先に『精霊樹』に向かうことにした。まぁ実験が多少遅くなろうとも問題は無いだろう。ヴェノム・スライムに手土産として『精霊樹』の実を渡せば文句を言われることもないだろうし。