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夜明けとともに行動を開始した。魔物の体になった影響か、睡眠時間が短くても問題がなくなっていた。そのためこのような早い時間帯から行動することができるようになったのはうれしい反面、前世でも同じ能力があればな…と思わなくもない。
ギルドに入ると、すでに活動を開始している冒険者の姿がちらほらと見えた。大きな荷物を抱えており、遠出することが予想される。おそらく護衛任務を受けた冒険者たちなのだろう。護衛対象の時間の都合に合わせなければならないので、こういった朝早い時間帯からの出発も珍しいことではない。あらゆる依頼に対応するためギルドは基本的には年中無休で営業しているのだ。
依頼の貼ってある掲示板に移動する。流石に時間が早すぎたためか目新しい依頼はまだないが、俺の目的である薬草採取の依頼はすでに貼りだされてある。どこの冒険者ギルドでも傷薬の材料にもなる薬草が品不足だからであろう。窓口移動して、薬草採取の依頼を受注する。ゴブリン討伐は基本的には常駐依頼であるため、わざわざ依頼を受注すると報告しなくても、ゴブリンの右耳を提出する事後報告だけで討伐報酬を受領することができるのだ。
そこで昨日と同じように、討伐依頼の情報も入手した。当然昨日応対してくれた職員とは別の人であるため、昨日と同じように説明をする。これから先、何度も同じ説明をしなければならないことは面倒ではあったが、得られる利益は大きい。そのことを思えばこの程度の労力はわけないのだ。
その職員は親切にも今日これから貼りだす予定の討伐依頼の情報も、わざわざ調べて教えてくれたことには感謝しかない。まぁ、この時間帯は人が少ないため暇だったからという理由も少なからずあるとは思うが。町の城門が開くまでもうしばらく時間がかかる。生真面目な新人冒険者を演じつつ、この職員から色々な情報を引き出すとしよう。
開門と同時に、町の外へと飛び出した。当然ではあるが昨日、強奪したタグを使って入城した城門は使わない。あの時と顔の造形を多少変更しているが、わざわざ危険を冒す必要もないのだ。
薬草の群生地の場所はすでに調べがついている。ゴブリンを探しながらその場所に向かった。一応眷属のスライムにゴブリンの所在地も調査させていたが、ゴブリンを見つけてもすぐに移動して見失ってしまったそうだ。残念ながら今の眷属はゴブリンを追跡できるだけの肉体レベルには達していない。そのためこのように自分の足で探さなければならない。面倒ではあるが新人冒険者らしく地道にこなしていくとしよう。
結局、薬草の群生地につくまでにゴブリンと遭遇することはなかったが、眷属のうちの1体からゴブリンの目撃情報が入った。数は4体。ただの新人冒険者からすれば対処が困難な数だが俺なら大丈夫だ。その眷属スライムは今の俺との距離がそう離れていないのも都合がいい。ゴブリンに移動される前に現場に急行する。
人間形態での移動は不慣れではあるが、確実に前世よりも早く移動できている。一年近くスライム形態での移動しかしてこなかったため、久方ぶりの自分の足で動くという感覚に慣れるのに時間がかかってしまうと思っていたが、案外そうでもなかったらしい。
しばらくの間走っているとようやく眷属スライムの姿が見えてきた。先ほど得た情報だとゴブリンの姿を見失ってからそう時間は立っておらず、探せばすぐにでも発見することができそうだ。奇襲に警戒しながら慎重に捜索を始める。今までは奇襲する側だったたからな、奇襲することの有用さは嫌というほどわかっているのだ。
ゴブリンを発見した。奇襲はされなかったが、すでにこちらの姿を捉えており、武器を構えて迎撃態勢を整えていた。今までゴブリンにこういった対応をとられたことが無かったため少し新鮮な気持ちにさせられる反面、ゴブリン程度に先に発見されるという自分の気配を殺すすべが欠如していることに落胆もする。鍛錬しなければならないことが増えてしまったな。
ただ、ゴブリンの討伐自体はすぐに終わった。人間形態でのゴブリン討伐は初めてだ。まともに剣の鍛錬をしたことはなかったが、進化したスライムの能力値はゴブリンを上回っている。その高い能力値の前ではゴブリンなど敵ではなかった。
右耳を回収し、ゴブリンの死体の吸収はこいつらを発見した眷属に任せた。その頃になると他の眷属からのゴブリンの発見報告があり、そちらのほうに移動する。眷属のおかげで大分効率よく動くことができている。しかしゴブリンを狩り過ぎて変に目立ってしまうのも望ましくはない。別に冒険者として大成したいわけではないのだ。ほどほどに狩って町に戻ることにしよう。
十分に狩りを終え、町に戻ることにした。時刻は正午を時間をわずかにすぎたぐらいだ。朝早く出立していたので、このぐらいの時間に戻ってきても不思議には思われないだろう。
昨日俺の応対をしてくれた人が窓口にいたため、その人のところに行き、薬草とゴブリンの右耳と提出した。俺のことも覚えていてくれていたらしく軽く会釈してくれたので、同じく軽く会釈を返しておく。こういった小さいやり取りでも疎かにしてしまうと、相手に与える印象が悪くなってしまうからな。普段から気を付けるよう心掛けておかなければ。
「薬草採取の依頼の完了報告と、道中ゴブリンを倒したのでその討伐報酬をお願いします」
「こんなに早い時間帯なのにすごい量ですね。昨日登録したばかりとはとても思えません。」
「恥ずかしながら昨日冒険者になったことで気分が高揚してしまって、うまく寝付けなかったんです。それでかなり早い時間帯から目が覚めてしまったので、町の外に出て狩りをしていたんです。多分ゴブリンも寝ぼけていたんでしょうね、簡単に倒すことが出来ました。ですがこちらも眠くなってきまして…」
「なるほど。ですが正しい判断だと思いますよ。冒険者の…特に新人の方ですと功績を上げようと無理をして怪我をしてしまう人が多くいますからね。冒険者は体が資本ですので、無理せず帰ってくることこそが冒険者にとって一番必要な素質だと私は思っています。ネスさんも決して無理をなさらないよう気を付けてくださいね。では金額の査定を行いますので、おかけになってしばらくお待ちください。」
量はそこそこ持ってきたが、査定時間はそう長くはかからないだろう。せいぜい薬草の品質を見るための時間が多少かかるぐらいか。ゴブリンの右耳は単に討伐数を確認するためであり、数を数えるだけで報酬金額が決まるわけだし。ただし、上位種の魔物の死体を持ち込めば査定時間はかなり長く。
例えばミノタウロス。角や牙は加工して武器の材料になるし、皮膚も丈夫で軽いため皮鎧に加工されるため重宝され、毛も冒険者用のマントに編み込むと耐久力が高くなる。それぞれがかなり貴重な品であるため、鑑定の目も厳しくなる。そのため当然のように査定時間も長くなってしまうのだ。前世は繁忙期などに冒険者ギルドから応援を依頼されたこともあり、鑑定する側だったからな。そのあたりのことはちょっと詳しい。
その後窓口に呼び出されて報酬を受領した。その時、昨日のうちに用意しておいた、この町近郊の地図を取り出して、討伐依頼のあった場所を詳しく聞くことも忘れない。世間話で軽く情報収集をした後、宿に帰って引きこもった。