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案内された練武場は整備された広い空間であり、端の方には的のようなものが置かれていた。エルフの基本的な戦闘スタイルは、生まれ持つ高い魔力を使った魔法が主体である。つまりこの場所でアウトレンジを意識した、的を使った魔法の命中精度を上げるための訓練などをしているのだろう。
現在この場所で訓練をしているエルフはいない。聞いた話によると、タイラント・ビートル(タイラント・センチピード)が襲撃してきた際の余波がまだ残っているらしく、里周辺の森に住む魔物が依然として落ち着きを取り戻していないという事だ。
その為この里に住む警備隊のエルフが里の周囲の警戒に出ているらしく、訓練に勤しむエルフがほとんどいないという事だ。まぁそのおかげでこれほど広い空間を独り占めできるのは、俺達からすればありがたいことではある。
俺達は麒麟の上から降りて練武場の真ん中に移動する。ちなみに麒麟は練武場の周りをほどほどの速度で走り回っている。指示を出さなくても勝手に練武場から出ないことを考えると躾が行き届いているのか、それなりの高い知性を有しているのか…後者の様な気がするが、今は置いておこう。
『タイラント・ビートル(タイラント・センチピード)の襲撃があってから、それなりに時間が経っているはずなのに未だにその影響が残っているなんて…ホント、恐ろしい存在だったんだな。もしかするとあのブラック・シープの群れもタイラント・ビートル(タイラント・センチピード)に住処を追われた可能性もあるかもしれんな』
『ブラック・シープの群れ?』
『ああ、この間マリスレイブで冒険者として受けた依頼にあったんだ。普段いないはずの場所にブラック・シープの群れがいるから退治してくれってな。まぁ、結局あの場所にいた原因は分からず仕舞いだったんだけどな』
『気になったなら、死んだブラック・シープを同化すればよかったんじゃないっすか?悩むより、その方が手っ取り早いっしょ』
『他の冒険者と共同の依頼だったからな、そんな時間はなかったんだ。それに、そこまで気になったというわけでもないからな……さて、雑談もこの辺にして、早速能力の検証をしていくか。お前が進化したことによって手に入れた力を俺に見せてくれ』
『了解っす。それじゃ、見るがいいっす!俺が!手に入れた!力を!』
すると眷属の体から薄緑色の電気がバチバチと迸る。伝え聞いた話によると麒麟は雷を操る力を持つと言われており、その素材を吸収したこの眷属もまた雷を操る能力を手に入れたということだろう。
ただ…麒麟という強者の素材を吸収して獲得した能力と言われれば、しょぼいと思った。しょぼいのは見た目だけかと思い、試しに発生したその電気に軽く触れてみると多少ピリッとしただけで、見た目通りの威力しかなかった。これでは、ゴブリン1体を何とか無力化できるかどうかといった具合か。
『これは…言ったら悪いが、獲得した能力を使って魔物と戦うよりも、普通に進化して上昇した身体能力を使った方が、戦闘力的には高いかもしれんな』
『すんません。実は俺も同じこと思ってたんすけど、能力の検証を楽しみにしていたボスに正直に報告することは心苦しくて…』
『うっそだー。お前が、いや、俺達がそんな殊勝な性格しているわけないだろ?まぁ、いいか。ちなみに威力がそれほどでもない原因は何か分かるか?』
『進化してそれほど位階が上がっていなかったことと、能力の習得のための時間が短かったこと、後は純粋に俺が保有している魔力量が少ないことが原因だと思うっす。進化したばっかの時、ボスに頼んで『精霊樹』の魔力を吸収している眷属から、能力の検証の為に、俺に直接魔力を供給するように頼んだことがありましたよね?そん時は潤沢な魔力のおかげもあってか、今よりも高威力の電気を纏うことが出来ていたっす』
『それじゃ、このまま麒麟の傍で素材を吸収して位階をあげていけば、電気の威力を向上させることが出来るようになるかもしれないわけだな。理解した。それじゃお前の体の一部を自切して、能力確保の為に俺にくれ』
『了解っす。………ふんっ!これで、どうっすか?』
渡されたスライムの体の一部を吸収する。……ふむ、なるほど、電の使い方が何となく分かるようになった。やはりこの力は魔法のようなものではなく、ポイズン・スライムが毒を発生させるような、種独自の特殊な能力のような感じだ。
こういった力は扱いきれるようになるまでに長い修練の時間が必要になるが、完全に習得してしまえば、魔法とは違い色々な応用が利くという利点がある。
例えばマジック・アロー。これは文字通り魔法の矢を発射させることが出来る魔法だが、言ってしまえばそれだけだ。矢の大きさを変化させたり、矢の速度を大きく変化させることは出来ない。そう言った意味で、魔法は完全に習得しても応用がほとんど出来ないのだ。
応用がしにくいと言えば不便のような感じもするが、反面、習得するまでの時間がそれほどかからないという利点も存在する。ただ、一撃でより大きなダメージを与えたければマジック・ジャベリンを習得しなければならないし、よりスピードをあげた攻撃をしたければマジック・ブリットを習得しなければならない。
しかしポイズン・スライムの能力によって発生させた毒は違う。その気になれば対象が生きるか死ぬかギリギリのラインの強さの毒を発生させることも出来るし、かなり難しいことではあるが、それこそ魔物には効かず人間にのみ効くという毒も作ることが出来るようになるらしい。まぁ俺の眷属のポイズン・スライムでも今はまだそんなことは出来ないので、やはり種独自の能力は応用が利く分、完全に習得するまでにはかなりの時間が必要になるのだが。
つまりこの麒麟から獲得したこの能力も、習熟度を上げていけばそれこそマジック・アローに電気を纏わせたり、剣戟の最中に自身の持つ剣に電気を纏わせて相手を感電させるといった使い方も出来るようになるはずだ。今の俺からすれば完全な夢物語ではあるのだが。
誤字報告していただいた方ありがとうございます
遅くなりましたが、修正させてもらいました
今後ともご指摘のほど、よろしくお願いします