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久しぶりに訪れたエルフの里は、以前来た時と変わらず自然と人の営みが調和した美しい場所であった。
ひとまずローゼリア様に到着した旨の連絡をしに行こうと思ったが、眷属からの情報によると珍しく事務仕事の最中らしく、邪魔するのも悪いと思い先に進化した眷属達に直接会いに行くことにした。
今は人間の姿に擬態しており、道中俺の姿を見た何人かのエルフが驚いたような表情を見せたが、すぐに俺のことを思い出したのか特に襲われるという事もなく、里の中を堂々と歩くことが出来た。
とりあえず、距離的に近い麒麟のいる小屋に向かうことにした。そこには麒麟の素材を吸収して特殊な進化をした眷属がいるからだ。詳しい能力はまだ聞いていなかったが、麒麟の素材を吸収して進化した個体が弱いはずが無いのだ。期待に胸を膨らませてしまうのも仕方のないことだろう。
『お疲れ様っす、ボス』
『おう、お疲れ。って何してんのお前?』
『見て分からないっすか?御覧の通り、麒麟の上で寝転んでるんすよ』
寝転んでいる…か。スライムの体だと寝転んでいるのか立っているか、俺ですら判断がつかないが、少なくともこの眷属が麒麟の頭の上でくつろいでいるのは確かだろう。麒麟も頭の上に乗っかている珍妙なスライムを気にする様子もなく、のんびりと寝そべっていた。
本体である俺ですら、未だに麒麟の前では委縮してしまうというのに…まぁそれだけここでの生活に慣れてきたという事なのだろう。それにしてもこいつ、進化したというのに見た目は依然として普通のスライムのままだ。やはり特殊な進化をした個体だと…まぁいいか。考えて分かることでもない。
『いつの間にそんなに仲良くなったんだよ、お前ら』
『ローゼリア様に頼まれたんすよ。麒麟の素材を回収するなら、普段から麒麟と一緒にいた方が良いんじゃないかって。そんで、一緒にいるならついでに麒麟の面倒も見てくれないかって。ちなみに報酬は『精霊樹』の実っす。それで、まぁ、毎日面倒見てたら、こいつも俺に懐いてきましてね。それで今の状況に至る、と』
『この里で着実に俺達の足場を築いていると思えば、良い事なんだろうな。それにしてもこの麒麟、俺に対してもあまり警戒してこないな。まだ2回しかあったことないのに。それもお前のおかげなのか?』
『多分そうじゃないっすか?自分の面倒を色々とみてくれている、変なスライムと似た雰囲気を漂わせているから多分大丈夫とか思っていそうっすね。結構楽観的な性格なんすよ、こいつ。生まれながらの強者の傲りってやつなんすかね?』
『俺に聞かれても…ただ、こちらも敵対するつもりは毛頭ないから、下手に警戒されるよりもそっちの方がありがたいかな。さて、早速で悪いがお前の今の実力を俺に見せてくれないか?』
『了解っす。そう言うと思って、昨日のうちにローゼリア様に里の練武場の一部を借りると話を通しておいたっす』
『おおっ!流石俺。気が利くじゃないか…ってそのまま行くのか?麒麟の頭に乗ったまま?』
『そうっすよ。こいつもちょっと外に出たがっていたみたいですし。なんならボスもどうっすか?頭の上は体積的には無理でしょうから、背中の上とかが良いんじゃないっすか?こいつデカいから、背中の上でもバランスとるのも難しくないっすよ』
『いい…のか?麒麟の背に乗るなんて、一国の王でも経験したことのないようなことだろ?』
恐る恐る麒麟の様子を窺う。相変わらず怖い顔をしているが、先程の眷属とのやり取りを経たためか、最初会った時ほどの恐いとは思わない。
ゆっくり近づいて、側面から麒麟の背に飛び乗る。抵抗するどころか、気にした様子も全くない。
ちなみに乗り心地は可もなく不可もなく…つまりは普通だった。その辺の軍馬よりはるかに大きいのでバランスを崩して地面に落ちるという事は無いだろうが、それだけだ。まぁ、麒麟が全力で走ればその風圧によって振り落とされるのは間違いないだろうが。
眷属が麒麟の頭の上から色々と指示を出し、小屋を出て練武場へと向かう。その間里のエルフにも姿を見られたが、別段驚かれたという事もなかった。どうやらこの里では麒麟の散歩など日常の風景の一つなのだろう。麒麟の背の上で、揺られながらそんなことを考えていた。




