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どうせ狙うなら、いざという時簡単に倒すことのできる銀級以下の冒険者に護衛を依頼している奴隷商が良い。まぁ、そんな予算の少ない、規模の小さい奴隷商が重要な情報を持っているとも思えないがどんなことでも小さいことの積み重ね。
実際俺も元々はタダのクソ雑魚スライムだったが、小さな努力を重ね今ではミスリル級以上の実力者だ。全くの無駄になるという事は無いだろう。周囲の状況を確認しながら索敵を行う。すると周囲に他の冒険者がおらず、実力的にもちょうどよい一団を見つけることが出来た。おまけに少し前から動きが無いことから、おそらくは現在休憩中。
いつもならマジクの姿に擬態するところだが、冒険者と奴隷商を殺さないでおく可能性もあるので今回は止めて置いた。ほどほどに強そうな外見の人間に擬態することにする。これまで何人もの人間を同化してきたのでレパートリーは多いが、その中から1人を選ぶ作業は少々面倒だとも思った。まぁ、過去に比べるとぜいたくな悩みだな。擬態を終え下手に警戒されないよう、ワザと物音を立てながら近づいていく。
「やあ、ご同輩。少し話さないか?」
「ん?誰なんだ、アンタは。こんなとこに1人でどうしたんだ?」
他の仲間たちと少し離れた場所で休憩している冒険者の男に声をかけた。身軽な装備からすると多分、斥候職だろう。休憩中不意に魔物からの襲撃があった際、一塊になっていては魔物に囲まれてしまうこともある。
そうなってしまえば、護衛対象を守りながら包囲網を抜け出すのは少々難しい。その為あえて機動力のある人物を仲間たちから離れて休憩させておくことで、内と外から挟撃するための配置なのだろう。
「俺はディックつって、多分アンタらと同じ冒険者だ。護衛依頼を受けてな、そんでここまで来る途中に運の悪いことにオークの群れに襲われちまったんだ。依頼者と、同じ依頼を受けた冒険者は先に逃がして、俺も殿を務めて何とかオークから逃げ出せたんだが、先に逃がした依頼者たちとなかなか合流出来なくて困ってんだ。一応はぐれてしまったときは現地集合って話だったからこの辺りまで来たんだが、いくら探してもそいつらを見つけることが出来ねぇんだよ」
「そいつは難儀な話だな」
「そんで、この辺りで弓使い、短剣使い、盾使いの3人の冒険者を連れた、恰幅のいい商人を見かけなかったか?」
「いや、残念ながら見てねぇな」
「そうか、そりゃ残念だ。となると、あのあたりをもう一度探してみることにするか……っと、そういや話は変わるんだが、アンタらのところはどうよ?」
「どう……とは?」
「エルフの件に決まってるじゃないか。どうせあんたらもギルドを通さず、商人から直接依頼を受けてんだろ?まぁ、そこにある空の檻を見りゃエルフを捕まえることが出来ていないのは分かるが、チラっとでも奴らの姿を拝むことが出来たのか?」
「いや、残念ながら。すでにデカい所の奴隷商が何人か捕まえちまってたから、奴らも警戒してんだろ。俺らの雇い主が、この辺りに来ている他の奴隷商と情報交換していた時に聞いた話でも、最近じゃてんで姿を見かけることもなくなっちまったらしい。つか、護衛のお前がどうしてそんなことを気にしてんだ?」
「エルフを捕まえることが出来たら、ボーナスを弾んでくれる話だったんだ。期待してたんだがな…ただ、この調子じゃちょっと厳しいだろうな」
「なるほど。そういや、俺らの雇い主もあと数日は粘るらしいが、このまま成果が出ないようだったらマリスレイブに帰るって言ってたな…」
「結局、エルフを捕まえることが出来たのはデカい商会ばかりという事か。ま、それも仕方ないわな。情報収集能力も、即座に用意できる護衛も、並の奴隷商じゃ太刀打ちできねぇからな」
「違いない」
「はぁ、そんじゃ俺は行くとするわ。仲間たちを見つけることが出来ないんじゃ、そもそも始まってすらいないんだからな」
「悪いな、力になれなくて」
「いや、こうして話が出来て、少し元気をもらったよ」
冒険者と別れ、来た道を戻る。彼ら全員を狩ろうと思えば、問題なく狩ることが出来ただろう。しかし、多少距離を置いて休憩していたので斥候職の彼を殺している間に他の冒険者に気付かれてしまい、逃げられてしまう可能性も十分にある。そのことを踏まえれば、危険を犯してまで狩らなければならない敵ではないと判断したからだ。
それに、あと数日でこの場所を離れる予定であるというのも理由としてあげられる。彼にとっては何気ない雑談であっただろうが、それが彼自身の命を助けたことに繋がったことに気が付くことは無いだろう。




