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2018年7月7日(土) インドで初めての散髪。薄れゆく意識の先に見たものは……

7月7日(土)


 私は、日本にいる時から、とにかく苦手なんです。


 散髪が。


 というか、嫌いなんです。


 一番の理由は、髪の毛が体に降りかからなくするマントのような散髪ケープを首に巻くのがダメなんです。


 精神的なモノ(いや、ひょっとすると新種の難病?)なのかもしれないが、首に散髪ケープを巻いた瞬間、ほぼ意識を失いそうになるのです。


 エクトプラズムの如く私の身体から抜け出る魂を精神力で引き戻し、自らの心臓の鼓動に耳を傾けながら心を落ち着かせ、深呼吸をし、脈拍を整え、なんとか耐え忍ぶ。


 この命がけの苦行は、最大10分が限界。


 なので、私が日本にいた時は、3、4ヶ月に一度、チェーンヘアカット店のBQ ハウスでササっと散髪するのが精いっぱいだったのです。


 ただ、耳が完全に隠れた状態になるまで長く伸びた髪の毛は、さすがに限界点を超えており、次回、私が日本に戻る予定を組んでいる10月まで、まだ3ヶ月以上もある。


 BQハウスは使えない。


 というわけで、今日はインドで初めての散髪に向かいました。



 向かった先は、近隣バサントビハールDブロックマーケットにある美容院アルック。


 愛娘が愛用している高級シャンプーのケラスターゼを取り扱い、そして、(私にとって、テクニックよりも完了時間が最重要課題なのだが)地元ではテクニシャン揃いと、評判も高い。


 大きく深呼吸し、意を決して、入り口のドアを開ける。


 そして、いざ、戦いの火蓋が切って落とされたのです。


 店内に入り、受付の女性に「ヘアーカットをしたい」と告げると、フフフと不気味な笑顔を浮かべながら、「どうぞ、こちらへ」と、私を地下へ案内した。


 すると、インドでは最先端と思われる多種多様の髪型をしたヘアアーティスト10名が、まるで獲物を品定めするかのように、一斉に私に視線を向けたのです。


 そして、順番制なのかどうか分からないが、階段付近に立つブロッコリーのような髪型をしたヒマンシュと名乗るインド人ヘアアーティストがすっと近付き、私をカット台へと連行したのです。


 無言のまま私を椅子に座らせると、ヒマンシュは闘牛を楽しむマタドールの如く散髪ケープをひらひらさせ、一気に首元に巻き付けてきたのです。


 お、お、おおおおぉ! 


 BQハウスより、ちょっと締め付け、厳しいんですけど。


 BQハウスなら「首回り、苦しくないですか?」とか聞いてくるのに、ここではそんな愚問はやり取りされない。


 呼吸の気道を確保する云々以前に、頸動脈をグイグイ締め付けている。


 このままでは、10分持たずして、命の灯が消えてしまうだろう。


 カット台は、今まさに、死刑執行の台座になろうとしている。 


 しかし、そんな私を気遣うこともなく、ヒマンシュはシュシュシュとミストを吹き付け、髪の毛をぐちゃぐちゃにし、櫛でオールバックにしたと思ったら、いきなりカチャカチャとハサミで髪の毛を切り始めたのです。


 首周りのことは諦めよう。


 でも、せめて、どんな髪型にするのかは、聞いて欲しかった。


 薄れゆく意識の中、ヒンズー教の神々に助けを求めるべく、瞑想を続ける。


 私が、もしこのまま異界へといざなわれたのならば、そこの鎮座する神々に対し、「やはり、神々も、カレーは手で食べるのですか?」などと、愚問を述べるのだろうか。


 遠ざかる意識。


 あぁ、やはり遺書を残して、ここを訪れるべきであった……


 と思った矢先、耳元で「Finish (お・わ・っ・た・よ)」とささやかれたのです。


 へ? 


 もう終わったの?


 恐る恐る目を開けてみると、あり得ないぐらいに前髪がない、不思議な髪型の自分が、鏡に映し出されていた。


 時間にして5分。


 こうして、私の戦いは幕を閉じた。


 髪型はともかく、この5分なら、これから先もやっていける! 



 すっかり自信に満ちた私は、家族にワッツイットビデオ通話で今日の壮絶なる闘いの内容を告げたのです。


 しかし、家族全員から、「なに、その変な髪型」と、酷い言われようだったのです。


 でも、改めて冷静に自分の髪型を見てみると、実際にかなり変である。


 前髪が、ちびまる子ちゃんよりも短いのです。

 

 試合に負けて勝負に勝つとは、まさに、今日の出来事そのものです。 

この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。



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