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2018年3月19日(月) 突然訪れた転勤辞令

 昔、小田和正が歌っていた。

 

 ラブストリーは突然に、と。


 何かが突然起こると、とってもびっくり。


 でも、その分、面白い。

 

 何かが突然起こると、先の読めない人生物語を、綴ることができる。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆


2018年3月19日(月) 


 いつもと変わらない、ごくありふれた、いつも通りの月曜日。


 晴れ。


 元気よく、いつも通りオフィスに向かう。


 例年より多く飛んでいる今年の花粉も、いつも通りに私の鼻に襲いかかり、重力に抗えない鼻水たちがだらっと滴り落ちる。


 自宅のある東西線落合駅からガタガタと電車に揺られながら、1駅ごとにティッシュで鼻をかみ、私の鼻水に浸されたティッシュが、黒い通勤カバンの中にくしゃくしゃと押し込まれてゆく。


 カバンの中は、暗黒の中で咲き乱れる白薔薇の園と化している。


 そして、私が勤務するみず友JAF銀行のある大手町に到着する頃には、いつも通りポケットティッシュ1個を完全に使い切る。


 あー、花粉症のない国へ移住したい。



「おはようございます」


 いつも通りに上司の福田部長に挨拶し、いつも通りにパソコンを立ち上げ、いつも通りにメールをチェックし、いつも通りに私のような課長以上が一堂に会する朝のミーティングに参加し、いつも通りに先週の主な出来事と今週の予定を報告する。


 福田部長からは「いつも通りに頑張ってくれたまえ」と、激励の言葉を受ける。



 今日は最近事務所を移転した顧客へ、部下の理沙と一緒に朝一番でご挨拶に上がる予定がある。


 ちょっと長引いた朝会から戻り、そそくさと外出の準備をしてエレベーター方面へと急ぐ。


 すると、福田部長が私の元に近寄って、耳元でこうささやいたのです。


「課長。今日の午後に人事部に行ってくれないか? 午後14時。たぶん海外転勤だと思うよ」


 ひょえぇぇええええ! 


 まさか!! 


 海外転勤ですか!!!


 正直驚きを隠せないが、顧客とのアポイント時間が迫っている。


「分かりました」


「あ、そうそう、これ、人事部のOKが出るまで絶対に誰にも言っちゃだめだからね。以上」


「分かりました」


 ニヤリと笑う福田部長を後に、エレベーターへと飛び乗る。


 

 顧客へ向かう道中、理沙からミーティングのポイントを説明されるが、まるで頭に入ってこない。


 私の頭は「一体どこに転勤になるのか」でいっぱいなのだ。


「……という内容ですが、課長から何かご質問はありますか?」


「ん? 大丈夫だよ、理沙。ありがとう」


「そういえば、先ほど福田部長が課長にささやいていましたが、何かあったのですか? まさか海外転勤とかですか?」


 理沙からどストレートな質問を受けてドキッとするが、誰にも言ってはいけないと先ほど念押しされたばかり。


「んなわけないだろ。ちょっと質問を受けていただけだよ。ちょっとした質問。ははは」


 ぎこちない笑顔で理沙の質問をかわす。


 慌てて今日の自分のスケジュールを確認すると、ぎっしりミーティングで埋まった中で、唯一、今日の午後14時から15時だけ予定が入ってなかった。



「失礼します」


 緊張の面持ちで人事部に出頭すると、神妙な顔つきをした海外人事担当の塚原が出てきた。


 そして、個室へ通されるや否や、いきなりその塚原が切り出してきたのです。


「今回はずばり海外転勤についてのお話です。今回は海外転勤をお願いしたいと思いますが、まずは貴職の意思を確認させてください。海外に行きたいですか?」


 あれ? どの国とか、事前に言われないの? 


「海外に行きたいかー」って、福留アナウンサー時代のウルトラクイズか。 


 福沢アナウンサーの時代だったら「ファイヤー」ってか。


 しかし、私は昔から海外転勤を希望しており、人事部と面接がある度に「いつでも、どんな海外でも行きます」と言い続けてきた。


 ようやく念願が叶うチャンスじゃないか。


「喜んで行かせて頂きます」


 もちろん、即答。


「ありがとうございます。それではこれを持ちまして、海外転勤の内々示とさせて頂きます」

 

 私の応諾を受け、塚原は神妙な顔を少し崩した。


 別にいいんだけど、場所はどこー。


「ところで、海外のどちらに転勤されると思いますか?」


 え! まさかの逆質問。


「私のこれまでのキャリアを考えますと、欧米、ニューヨーク、ロンドン、もしくはプロジェクトファイナンスで関与が多かった中近東辺りかと思います」


 素直に応えると、塚原が急に嬉しそうにニヤニヤし始めた。


「ふーん、そうですか。へー、なるほど」


 おーい、勿体付けるなよ! とこちらがイライラしそうになった間際だった。


「あなたの転勤先は、ニュー……」


「おお! ニューヨーク支社ですか!」


「残念。ニューはニューでも、インドのニューデリー支社!」


「インド! ニューデリー支社!」


「どうですか、今のご気分は?」


 まさか、古典的な大喜利を演じる羽目になるとは。



 塚原よ。


 どこかで一緒に仕事をする機会があったら、絶対にパワハラしてやる!


この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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