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蛇島(R-15版)  作者: 蛇迫沸嗣
蛇足
23/23

考察

 蛇迫沸嗣の日記を読んで、私はとある推理をした。推理というより推測でしかない上、実際にそんなことができるのかは分からない……。しかしそれは沸嗣の推理だってそうだろう。果たして、双子でもないのに、入れ替わっても気付かれないほど似ていることはあるのだろうか。それも性別と年齢がバラバラなのにだ……。

 ここに関しては考えても仕方がないので、無視して進めようと思う。

 まず、私が勝手に「人間消失」と名付けた小夏の事件は、沸嗣の推理で間違い無いだろう。協力者の浅海氏が直接ではないものの証言している上、証拠も見つかっている。

 そして、次に判明したのが宗治の死だ。宗治が死んだことになっているが、実際は菊が死んだので、次からは宗治(菊)と記すことにする。比女の身投げに関しては推理する必要は無い。

 次に海原家の両親と朱文金の死亡だ。海原家の両親は菊(宗治)に殺されたので間違いないだろう。朱文金はどこで殺されたか分からないが、そこを明確にさせる必要はない。

 最後に朱文金(宗治)の殺害と、沸嗣のドッペルゲンガー、正治とほたるの失踪だ。

 朱文金(宗治)の殺害は死体を遺棄して証拠隠滅しただけで、特別なことはしていないと分かる。

 問題は沸嗣のドッペルゲンガーと、正治とほたるの失踪なのだ。死体を湖に捨てた後の沸嗣に、正治とほたるを殺せる程の時間と体力があったとは思えない。正治を殺してから朱文金(宗治)を殺しに行く手もあるが、沸嗣はほたるの居場所を知らない。

 これらの問題を全て解ける仮説があるとしたら。

 ……沸嗣には、顔がそっくりな双子がいたのだ。

 双子の名前は日記の中で記されていないので、そのまま双子と呼ぶことにする。

 双子と沸嗣は朱文金から産まれた。片方は「生贄を継ぐ」という意味で「沸嗣(にえつぐ)」と名付けられた。そして、朱文金の姉妹の家――海原家に預けられる。しかし双子の方は遊廓でひっそりと育てられた。実際には宗治と沸嗣しかいないことにして、双子の存在は無いものにされたのである。

 双子が九歳になった時、宗治の命が出目金によって狙われた。その時に双子は()()()()をしたのだ……。

 それは、出目金が宗治(菊)の死体を遺棄した後、窓に鍵をかけ襖に突っ張り棒を付けることだった。


 日記の中で沸嗣が行った推理とは、こういうものだったのではないか。

 宗治が比女を殺したと思った出目金が、毒の入った食事を出す。しかしそれに気がついていた宗治と正治は、後日菊を身代わりにした。宗治が部屋の中で出目金に返事をした時、丁度宗治(菊)が窓から部屋に入る為に中庭にいたのだろう。その後宗治(菊)は毒入りの食事を食べ、ばったりと死んだ。出目金はさっそく死体を捨てようと部屋に入った。やり方は簡単である。窓の外から死体を出せば、厠で隠れてちょうど中庭から死体が見えなくなるのだ。それをゴソゴソとやっている間に、赤前垂れが食器を下げた。それに気づいたのか気づかなかったのか、出目金は()()()()()()と言う為に一度台所まで戻り、部屋に戻ったのだ。おそらくこの時点までは双子は何もしていなかったのだろう。そして、宗治が消えたことを遣り手婆に報告している間に――双子は行動を起こした。

 それによって、余計に事態はややこしくなったのである。出目金もさぞ混乱したことだろう。しかしこれで密室から宗治が消えたことになって、結果的に出目金が有利になる。宗治を探すふりをして中庭の死体を川に遺棄するのは簡単だっただろう。

 その後双子は、沸嗣が来るまであの部屋で成長していった。そして沸嗣が来てからは、別のどこか――奈神村の竹林だろう――で、育てられていたと思われる。奈神村の港で漁師に言われたことからそう考えた。もちろん食事はほたるが運んでいただろう。

 そして沸嗣が朱文金(宗治)を殺した時、丁度双子は正治とほたるを殺していた。普通は同じ日に殺人をするなど余程の偶然がない限り有り得ないが、この偶然の一致は双子だからこそかもしれない。そして死体を遺棄しようと湖に行った所で、二人は鉢合わせた。

 双子は沸嗣を湖に突き落として殺した。その後沸嗣に成り変わると、沸嗣の書いていた日記から彼の人格を探り、まるで本物かのように振る舞ったのである。そうして葦登に協力を持ち掛け、遊廓を燃やした。自分は島を出て――。

 双子は正治だけでなく、ほたるも殺していた。彼女はいまいち立場が分からない。家庭教師でありながら、朱文金(宗治)と双子に食事を運んでいる。彼女は、正治の(めかけ)だと思うのだ。遊女である朱文金が本妻でほたるが妾。なんとも妙だが……。ほたるは正治の子を妊娠していたのかもしれない。それで蛇迫家の血を絶つ為にほたるごと殺した。そうでなければわざわざ「もうこれで蛇迫家の血を引く者は私しかいない。」などと書く必要は無いのだから。宗治が死に、正治が死に、沸嗣が死んだら、残る蛇迫家の人間は双子しかいなくて当たり前である。なのにそう書くということは、彼だけは他に血を引く者がいることを知っていたのだ。

 そして朱文金が沸嗣と双子を出産した時、手伝いをしたのも彼女だったんじゃないか。双子が産まれたことがバレれば、正治は間違いなくその人物を殺すだろう。もしかしたら双子に乳をあげていたのもほたるかもしれない。流石に乳母を他所から呼び出すことは出来なかったはずだ。


 蛇島についても、私なりに考察をしてみた。精神村の精神は心の方の精神ではなく、〝神が棲む〟の棲神を意味していたんじゃないだろうか。精神村は神様に仕える村、奈神村は生贄を捧げる村。蛇迫家が村を取り仕切っているのは、蛇迫家が神に仕えているから――。仮名ではあるものの、蛇が迫るなんてなんとも暗示的じゃないか。

 蛇迫家だけが、なぜ神様に直々に仕えているのか。遊廓の楼主であるだけで、神主でも、特別な人間でもなんでもない。島民は「蛇神様」と言って信仰しているが、そもそも信仰しているのは蛇神様なんかではないだろう。

 蛇迫家は島に神様が宿る前から遊廓を営んでおり、途中で手足を切り落とされた遊女の呪いを受け、その償いで生贄の制度ができたんじゃないか。

 蛇神様の正体は神様なんかじゃなく、殺された遊女達。蛇迫家は神に仕えているのではなく、呪いを受けないように島の人々を騙して、それを()()()()()()()()()()()()()()()風に見せかけていただけだとしたら――。

 本物の蛇ではなく、手足を切り落とされた遊女が蛇に見えるだけだったら。蛇迫家の後継が死にやすいというのも納得がいく。

 朱文金は湖に浮かんで、何を聞いていたのだろう。遊廓の床に横たわって、耳をつけてまで聞きたがったもの……。私は、彼女がただ波の音を聞きたかっただけとは思えない。あの湖も川も、かつて何百人もの遊女達と生贄が沈んだ場所だからだ。

 ある日姐さんは、偶然その場に居合わせてしまった私に島の歴史を話した。ここに遊廓が出来て、最初の犠牲者が出た時から……。正直私はそんなのは作り話だろうと思った。が、姐さんは最後にこう言ったのである。

「皆が聞かせてくれる」

 と……。

 島の歴史。死んだ遊女達の人数。どれだけの骨がこの島に埋まっているか。さっきの解釈も、実は私が考えた訳じゃない。朱文金姐さん……もっと言えば、死んだ遊女達に教えてもらったことだ。そして、年々死んだ遊女の数は多くなる。そうすれば、捧げなければいけない生贄の数も多くなる。今までずっと「蛇迫家が蛇神様の祟りを抑えてくれている」と島民に思わせていたのが、いきなり「一人じゃ効果がなくなってきたから、二人にする」なんて言い出したら、島民は蛇迫家にいい感情は抱かないんじゃないか。それに、効果がなくなったとて被害を受けるのは蛇迫家の人間だけである。それがバレたらまずい。だから沢山子供を作って工夫して、死なないようにしたんじゃないか。まず一番大事な宗治。そして、変わった名前を付けられた沸嗣様。一番不遇な扱いをされてきた沸嗣様の双子。

 朱文金姐さんには、死んだ遊女達の声が聞こえていた。正治はそれを知った上で関係を持ったんじゃないか。姐さんには心霊的なものと関わる力があるから、その血を混ぜることで呪いに強い子供が産まれるかもしれない……と。ここに関しては、本当に想像でしかない。でも朱文金姐さんから産まれた三人の中で、姐さん似の人は宗治だけのはずなのだ。沸嗣と双子は、どちらかと言うと父親にである。

 だから正治にとっては、宗治が一番大切だったんじゃないか。

 沸嗣と双子のどちらかが姐さん似だったら、そこまで優遇されなかった可能性もある。

 そして双子が竹林にいたのは、もうすぐ生贄として湖に落とされるから……だったのかもしれない。沸嗣の予備のような扱いだったのだ。彼は見事沸嗣に成り変わることに成功した。しかし中身までは同じではなかったのだ。

 遊廓が燃えた日、きっと双子は葦登(よしのぼり)姐さんを殺したんだろう。葦登姐さんの部屋は双子の部屋の真上。双子の部屋は、窓から出ても厠で隠れて中庭からは見えないが、上から覗かれたら見えるという欠点がある。私が逃げた時は、偶然上が朱文金姐さんだったから大丈夫だった。朱文金姐さんは目が見えない。でも葦登姐さんは見えるのだ……。だからバレてしまった。でも朱文金姐さん(宗治)を殺した時、葦登姐さんが見たのは沸嗣のはずである。それを知られて葦登姐さんを殺す――とはならないだろう。でも双子は、葦登姐さんが知っていると思ったのだ。正治とほたるの死。朱文金姐さん(宗治)の死。葦登姐さんはそれらをどちらも沸嗣の仕業だと思ったが、一晩にそれほど出来る訳がない。それなら他に協力者がいる……と、思われる可能性はある。実際この記録にも、葦登姐さんが正治とほたるの死に関して「あんたがやったのね?」と確認している。同時に、朱文金姐さんを殺したことも。

 葦登姐さんの死は自殺じゃなかった。私が思うに、彼女は土壇場で双子を殺そうとしたのだ。その際に頭を殴ったのだろう。しかし双子は抵抗した。そして遊廓に自ら火をつけ……葦登姐さんの死を確認しないまま、浅海の所まで逃げた。その際に聞いたのが本当に高笑いだったのか……それは私には分からない。でも、姐さんは自殺なんてする人間じゃないと思うのだ。彼女はそこまで悲観的ではない。常に怒っていて、諦めてもいた。そんな葦登姐さんが最後に取る行動。どうせ死ぬなら、めちゃくちゃにしてから死ぬはずだ。……姐さんは、そういう人だと思う。姐さんの決死の抵抗で、双子は体に火傷を負った。


 双子は私に気づかなかった。本土に渡ってきて、偶然再会した私の顔を。沸嗣様ならすぐに気がついたはずなのに……。私は浅海と一緒に双子を殺した。顔だけは、本当に顔だけは沸嗣様と一緒だったけど、それ以外は全然違う。双子の死体は死後硬直した後も、恐怖に怯えるように表情を歪めていた。

 しかし彼の四肢がほとんど動かなくなったのは事実である。これに関しては、何か心霊的なものの力が働いているとしか思えなかった。

 死体は蛇島の湖に捨てた。その時確かにあの歌が聞こえたのである。あの歌は、死んだ遊女が湖の底から私達を嘲笑う歌だったのかもしれない。

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