八月十九日
布団の中で目が覚めた。
手足が重だるい。あれは夢だったのだろうか? だとしたら、どこからどこまで?
私は本当に宗治を殺せたのだろうか。あれはただの、追い詰められた私が見た幻覚だったのだろうか。
考えてもきりがないので、本館に行くことにした。布団から立ち上がるだけで関節が悲鳴を上げる。着替えるのも一苦労だ。
本館に着くと、遊女、遣り手婆、赤前垂れと全ての人達が慌てていた。私の顔を見るなり出目金が駆け寄ってくる。
「坊ちゃん! 正治様が見当たらないんです。それに、朱文金姐さんも、坊ちゃんの家庭教師のほたるさんも……」
「えっ……ぜ、全員、ですか……?」
「はい。遊廓内にもいませんでしたし、島の人達が総出で探しているんですけど……。まだ見つかっていません」
出目金の顔は真っ青だ。
「出目金、坊ちゃんが知るはずないだろう。迷惑かけるんじゃないよ」
遣り手婆が睨みを効かせる。
「分かってます! でも、正治様がいないなら、ここは……」
まだ私も幼いから跡を継げないし、どうなってしまうのか……と、言いたいのだろう。どうして父とほたるまでいなくなったのかは分からないが、どちらにせよ私が殺される前にあちらを殺すつもりだったので好都合だ。
一人本館にいない遊女――葦登。私は彼女の部屋を訪ねることにした。
「あの」
「入んなさいよ」
おずおずと入ると、そこにはいつもより数倍綺麗な葦登がいた。
「あんたがやったのね?」
「父のことですか? それなら違います」
「そう……でも、誰かはやったのね。いいわ、別に殺人がどうとかで騒いだりしない」
葦登にとある作戦を話す。彼女なら承諾してくれそうな気がしたのだ。
「いいじゃない。あたしにぴったりだわ……」
皮肉っぽく笑う葦登は、いつにも増して美しい。
「いつやるの」
「今日です」
「本当?」
「だって……もう、後がないので」
「あたしも、もうこんな場所嫌よ。こんな場所にいるあたしも嫌」
葦登は深い色の瞳で私を見る。
「朱文金姐さんを、殺した?」
私は何も言わなかった。葦登もそれ以上突っ込んで聞く気はないらしい。
そうして予定通り計画は決行された。
星が見えないくらい明るく、濃紺の空に炎が舞う。この島で一番高くて一番大きな建物。中には葦登しかいない。もう葦登の意識は無いだろうか。でも私には、物凄い高笑いが聞こえる気がした……。
「こ、これは……」
「中には誰もいませんよ」
浅海氏が高く燃え上がった遊廓を見上げて、唖然とした。なんだか頭が痛い。燃え盛る遊廓の炎は、水面に反射して先っちょが船に届きそうだ。
蛇島に仕切りをつけるように、海から生えた鳥居が見える。これはいつ建てられたのだろうか……? 湖に落とされた死体が海に届かない理由。それがなんとなく分かった気がする。
この島の呪いを解くには、結局こうするのが一番手っ取り早かったのである。もうこれで蛇迫家の血を引く者は私しかいない。蛇島に残った人間は、誰も自ら生贄になりたくないだろう。
浅海氏が私をまじまじと見つめる。そうやって見られると、何かを暴かれてしまいそうで怖かった。