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 また携帯電話のメール着信音に起こされた。

 暗闇の中、枕元で青色の小さなランプがせわしなく点滅しながら小刻みに震えている。電話機をひっつかんで時刻を確認した。午前三時を少しまわっている。三日前と同じだ。


 ベッドから這い出ると、机に置いてあるパソコンを起動させキーボードを叩いた。ほどなくして画面に近所の地図が表示され、その上に父の居場所を示す旗が立った。駅へとまっすぐにつながる県道の上だった。

 ーー間違いない、徘徊だ。


 父の靴には発信機が仕込んであり、自宅を百メートル以上離れるとぼくにメールが届き、パソコンで居場所を追跡することができた。


 服を着替えて外へ出たぼくは、思わずジャンパーの首元を閉めた。息は白くないが春の深夜はまだ肌寒い。人影のない街で信号機の灯が妙に明るく輝いている。正面に見える山は、星空を黒く大きく切り取っていた。


「なぜこんな目にあうんだ」

 急ぎ足で父のあとをたどりながら、誰もいない路上で声に出して毒づいてみた。この静けさのなかでは虚しいだけだった。

 父は深夜に家を出て、街をさまよった末、警察に保護されるということを一年ほどくり返していた。警察や役所や近所の人から、老人ホームに入るか、一緒に住むかの選択を迫られた。そこでぼくは近所のアパートへ引っ越し、父が徘徊したとき対応することにしたのだった。

 アパートは県道をはさんで実家と反対側にある。この県道が父とぼくの境界線だった。


 町の中心地まで来た。市役所が大きな廃墟のように息を潜めている。

 この通りには同級生の家がある。学生のころは二階が住居で、まだほんの小さなうどん屋さんだったが、八年ほど前に彼が店を引き継いでからは、いろんな鍋料理をメニューに加え、宴会ができる堂々たる構えとなった。外車に乗って出かける彼を見かけたことがある。助手席には白い大型犬が座っていた。

 この時間店は当然閉まっていて、店内は暗かった。通りに面した大きなガラス窓にぼくが映っている。徘徊する父を追っかけている自分がどんな顔をしているか見てみたかったが表情まではわからなかった。


 父とは中学に入ったころから関係が悪くなり、三十年ちかくのあいだ、口をきいていなかった。いまとなってはそうなったきっかけなど忘れてしまったが、顔も見たくないほどに腫れ上がった嫌悪の感情だけが置き去りになっていた。

 七十三歳の父にアルツハイマー型認知症の診断が出て、否応なく関わりを持たなくてはならなくなった。病気なのだから仕方がない、本人のせいじゃないと頭ではわかっているものの、おさえきれない父へのわだかまりがあった。いつ出かけるかわからない徘徊にぼくはいつも苛立っていた。


 脇道に父がいないか注意を向けながら県道を歩いていると、唐突になんの前触れもなく、ぼくがまだ小学4年だったころの父の記憶がやってきた。





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