尼崎駅の喝采
コロナ禍のゴールデンウィーク。ふと尼崎駅前で出会ったとある出来事です。
ここは阪神尼崎駅前。
尼崎出身の有名人として名が挙がるのがお笑いタレント“ダウンタウン”のお二人。本人達の自己演出もあるのだろうが、あの二人を“ええところ出の坊ちゃん”とは誰も思わないだろう。
私がここ尼崎に移り住んで、今年でちょうど10年になるのだが、二度ほど変なのに街中で絡まれた。うち一回はいきなり酔っ払ったおっさんに殴り掛かられ、結果、警察にしょっ引かれる羽目になった。私にとっても不運っちゃ不運な出来事だった訳だが、もっと可哀そうだったのが、私に殴り掛かってきたおっちゃん。当時まだ私は、ちゃんとジムに通っている現役のキックボクサーだったのだ。ふと我に返ると、この酔っ払ったおっさんは白目をむいて倒れていた。空を向いた突き出たお腹が上下していたので、(ああ、生きてるわ。良かった)と思ったものだ。なんで殴り掛かられたかは、今もって分かっていない。
少々話が飛んだが、まあ、尼崎とはそんな感じの街なのである。
そんな尼崎駅の前で、黒いスーツ姿の綺麗なお姉ちゃんが、街ゆく人たちに声を掛けている。
休日のド日中。お姉ちゃんの傍らには大きなカメラを構えた背の高い兄ちゃん。
どうやらテレビか何かのインタビューらしい。
「一昨日発覚した厚生省職員の深夜送別会について、どのように思われますか?」
無作為にお姉ちゃんが人々にマイクを向ける。そう言えば最近そんなニュースがあったっけと思う。
市民には不要不急の外出自粛を要請し、飲食店に対しては要請の域を超えて、罰金まで科すという、そんな無茶の言い出しっぺ厚生省の職員が、よりによって身内の深夜送別会。挙句に23人中コロナ陽性者が6人。
忖度なく奴らはスゲェって思う。高額接待問題の非難が冷めやらぬこの時期での暴挙。もし見つかれば、どんな世間の反発が待っているのかなんて、てんで想像力が働かないのだろうか。庶民の私でも、こんな奴らが政治家なんてちょっと不安になる。
まあ政治家なんて、それ位鈍感でないとやっていけないのか、若しくは感性が我々庶民とは根本的に違うのだろう。
綺麗なお姉ちゃんが声を掛けること3人目か4人目。薄汚れた白い割烹姿のおっさんは、言っちゃあ何だが典型的な尼崎の中年おじさん。その姿から間違いなく、いま時短営業を強いられている飲食業を生業としている人物であることがうかがい知れる。
「厚生省の多人数送別会についてどう思われますか?」
この綺麗なお姉ちゃん、可愛らしい顔してなかなか人選に度胸とセンスが感じられる。
「なんや姉ちゃん、他の人にもインタビューしたんやろ?」
若い女性を姉ちゃん呼ばわりするところが如何にも尼崎人って感じ。少々同類に分類されるのが恥ずかしい気もするが、これはパンチの効いたコメントが期待できそうだ。思わず私は立ち止まり、そのやり取りに耳を傾ける。
「まあ、呆れてモノが言えないとか、何を考えているのか分からないとか・・・そんな意見がほとんどです」
まあ、そんなところでしょうね。ここはガツンと一発派手なのをお願いします。尼崎市民らしく。
「ふ~~ん、日本人は優しいねぇ」
意外や低い声色のおとなしいコメント。少々期待外れ感が否めないが・・・
「あの~~優しいとは一体・・・」
お姉ちゃんも少し困惑の体。さてさて・・・
「あいつ等、遠回しにワテらに“死ね”って言うとんのんで。ソラそうよ。ワテ等の収入、5分の一とか10分の一や、今。収入ゼロってやつも仰山おるわ」
おお、良いねぇ。その“ワテら”とか“ソラ”とかってコテコテ関西感。
「お前らこそ、イネ(死ね)よ!!ってなるでなぁ。なんで誰も言わへんのかいな。でっ、奴ら、いま何してんねん?」
「あの~奴らとは?」
「ほやから感染した6人よ。まさか病院とか行っとんちゃうやろな。こんだけ医療崩壊やなんやって言うとうときに、アホやって勝手に感染しよんや。お前らは家で漬物の樽にでも入っとれ!って感じやろ。あ、こないな言い方したらアカンな」
「はあ・・・」
「こないな言い方したら、そりゃあ漬物に対して失礼や」
「なんならうちの漬物の樽、その政治家に送り付けてやんで~~。どうせ店開いてても客けえへんしな」
濁った声の方向に振り替えると、これまた古びた割烹着姿の50代と思しき小太りのおばちゃんが立っていた。割烹着には“ヤマ〇タ漬物”と書いてあった。
巨大な喝采と拍手が阪神尼崎駅前に沸き起こった。
こんなだから尼崎が好きだ。
今夜も頑張れ、我らの阪神タイガース。