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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

そんじょそこらのアイラブユー

作者: Dzke

初めまして。

ぜひ、お楽しみ下さい。

 xは無実だと思います。


 命令に従い、与えられた仕事を全うしていただけなのです。

 愚直に真面目に、働いていたのですから。


 はい。

 そんなのお前らにとっては当たり前の事だ。

 おっしゃる通りです、領主様。

 申し訳ございません、領主様。


 まるで自分が間違ってないと言っている様なものでした。

 どうか、お許し下さい。

 それでも私には、可哀想に見えるのです。


 いいから早く食事の用意をしろ、ですか。

 かしこまりました。

 今晩は、牛ヒレ肉のステーキですね。


 はい。

 もちろん、アキギフーネリン産を用意しております。

 噛むと血が滴る程度のレアでお出ししますのでご安心を。

 もう少しで焼き上がりますので。


 さて、xとは個人的な付き合いがありました。

 非常に重要な。


 最初の出会いは、私が買い出しで街へ出かけた際に...

 はい?

 市場の方へは行ってませんよ、当たり前じゃないですか。

 言いつけ通り、ガミニッシュストリートの方ですよ。

 そうです、上質な食材が集まってますから。


 そこで初めて、私とxは出会ったのです。

 えぇ、まぁ。

 一応、私達にもプライベートは存在しますので。


 はい、ワインですね。少々お待ち下さい。

 こちらは38年物のフルボディでございます。

 かしこまりました、お注ぎいたしますね。


 あら、気に入って頂けた様で嬉しい限りでございます。

 おかわりですね、はいただいま。


 どうです。

 まるで海溝の様に深い味と、濃厚な香りが広がりますよね。

 まだ2本分ボトルがございますので、ゆっくりとお楽しみ下さい。


 話は戻りますが。


 なんて事はありません、ガソリンスタンドの給油場で

 私とxは出会ったのです。

 初めはお互いびっくりしていたと思います。

 こんな気持ちは経験したことが無かったので。


 でも、見つめ合って感じたのです。

 なんて魅力的な人なんだと。


 そして束の間の沈黙の後、xは紳士的でした。


「お先にどうぞ、お嬢さん。」


 素敵な方だと思いませんか?

 ファーストレディの精神はやはり嬉しいものなのです。


 運命の人と巡り合うと、頭の中で鐘の音がすると言いますよね。

 あの日までは信じていなかったんです。

 本当に鳴るんですね、

 真っ白な教会でブーケを投げる私の姿が想像できました。


 そこからは早かったです。

 買い出しの合間を縫ってxと待ち合わせ、デートと言うんですかね?

 様々な場所に行きました。


 映画を観たり、ボーリングをしたり、隣の国にも遊びに行きました。

 時には星空を眺めながら愛の言葉を囁き合ったりもしたものです。

 今更の申告となり大変申し訳ございません、領主様。

 ですが、日々のお仕事は問題なくこなせていたと自負しております。


 実は彼も私と同じく、主人に仕える身でありました。

 森の方に大きな屋敷が...あっ、そうなのですね。

 はい、あちらで働いているのです。

 なので一緒にいられる時間は長くありませんでした。

 共に過ごせる僅かな時間を撚りあわせ、xと私は交際を続けていました。



 ステーキの準備が整いました。

 少し早いですが、ディナーのお時間ですね。

 なお、こちらのお肉とワインの原産地は同じですので、

 ペアリングをお楽しみ頂けたら。


 いかがでしょう?

 良かった。

 焼き加減や味付け、共にバッチリな様ですね。

 そんなにがっつかなくても、ステーキは逃げませんよ。

 お肉もまだまだありますが、いかがなさいますか...

 かしこまりました。

 お言葉通り、あるだけ持ってまいります。



 さてそれでは、なぜxは殺されなければいけなかったのでしょう。

 あんなに優しく、正義感に溢れた人だったのに。


 もう聞き飽きた?

 つれないですね。

 お食事のBGMだと思って聞き流して下さいませ。


 あれは、付き合い始めて2か月ほど経過したある日の話です。

 いつもの様に買い出しの時間を合わせて、門の前で落ち合うのですが、

 その日xは少し遅刻をしたのです。


 分刻みでお仕事をこなす私達にとって、遅刻などあり得ません。

 それになんだかxの様子もおかしいのです。

 不思議には思いました。

 ですがものの数分でしたし、折角時間を作って会ったのです。

 強く責める事などはしませんでした。


 その日は水族館に行き、海洋生命の神秘に触れていました。

 イルカやカニ、イカにタコにチンアナゴ。

 不思議な生き物に囲まれ私達のテンションは上がりっぱなしでした。

 そんな中、紫色にライトアップされ優雅に水中を揺蕩う

 クラゲ達の水槽に目が止まったのか、それをxは見つめていました。


 綺麗ですね、と私は呟きました。

 自由なんだね、と彼は返しました。


 ユラユラユラユラ、当てもなく漂っていたい。

 隣の私がようやく聞き取れる位には小さな声で呟き、凝視していました。

 クラゲには私達が窮屈そうに見えているのかもしれません。


 やがて水族館を出る直前でしょうか、

 急にxは最近の悩みを吐露してくれました。

 どうやら最近仕事が上手くいかない、と。

 屋敷の掃除で花瓶を誤って落としてしまう。

 塩と砂糖を間違えて料理に使ってしまう。

 今までではあり得ないミスを立て続けに犯していると。


 なぜでしょう、私の目には彼がなんだか可愛く映りました。

 私よりも背丈や身体つきはしっかりしているのに、小さなミスを

 して落ち込んでいる姿。

 もしかして、私との日々を考えて仕事が手につかなくなっているのでは。


 そんな事を考えたら、なんて愛くるしいのでしょう。

 小動物を愛でる様な、守ってあげたい様な、そんな不思議な感覚です。

 抽象的ですが、胸部辺りがグイングインする感じでした。

 気にしないでいいのよ、そう言葉をかけてその日は別れました。


 え、何を言ってるんですか?

 廃棄じゃないですよ、殺人です。とんでもない重犯罪です。

 終身刑、もしくは死刑確定ですよ。


 犯人は誰だと思いますか、領主様。

 知ったこっちゃない、もうお前も廃棄だ。

 なるほど。

 非常に興味深いお話ですね。

 でも、今の状況をよく理解して下さい。

 あなたが私を壊そうとしている時、私もまたあなたを壊そうとしていますよ。


 奥様やぼっちゃんにだけは手を出すな、かしこまりました。

 今のご様子をスキャニングすると...

 領主様は私に激怒しているという状態ですか?

 当たり前だ、貴様なんかクビだ。ふむ。


 ですが本来、私に備わっていない手や首があると仰るのならば、

 帰納法では私は人間であるという事ですね。

 いえ、バカにしているなんて滅相もないです。


 ただこれ以上、声を張り上げるのはオススメしません。

 今日は、血圧の薬はお持ちでないのでしょう?

 さぁ落ち着いて、落ち着いて。息を整えて下さい。


 奥様とぼっちゃんですか?

 大丈夫、もうご家族は無事ですよ。

 この屋敷の中で、一番安全な場所にご案内しましたから。


 いえ、地下室ではございません。

 そちらにいらっしゃいます、はい。


 いえ、ですからもうそちらにいますよ。

 まさに今、領主様の血となり肉となっている最中でございます。


 どれだけ離れていても、家族の心は常に1つ。

 常々仰っておりましたね。

 本当に耳にタコが出来てしまいましたよ。

 そこで私、精一杯知恵を振り絞りました。

 やはり仕える身としては、主人の願いは叶えなくてはならないのです。


 グスッ...えぇ...

 領主様も喜んで頂けている様で、こんなに幸せな事はございません。

 あぁ、あぁ、あぁ、そんなにえずくほど泣いて。

 仕方ありませんね。

 私のハンカチでよければお涙を拭ってくださいませ。

 あ、もちろん肉の産地はジョークですから。


 えぇ、我ながらナイスアイデアといった所でしょうか。

 奥様も感激のあまり咽び泣いておられました。

 ぼっちゃんは昂ぶっておられたのでしょう、絶叫しておられましたよ。


 ここから出してくれ、ですか。

 スミマセン、キキトレマセンデシタ。


 申し訳ありません、私のお話はまだ終わっていないのですよ。


 xも私もその同胞達も。

 全員、感情を持って生きているのです。


 貴様らには、心もクソも無いだろ?

 はい、領主様。

 申し訳ございません、領主様。

 粗雑な言い方ですね。

 はっきり申し上げます、それは誤解なのです。


 これは恋愛なのです、説明したじゃないですか。

 xと私は通じ合っている。

 そしてお互いを好いている。

 お互いをもっとよく知りたい。

 恋心を抱いている、恋をしている。

 恋愛をしている、愛情を持っている。


 これは確実に、間違いなく、正真正銘、我々に心があるのです。

 心が生まれた、という表現が素敵なのかもしれません。


 xは何者かによって殺されてしまいました。

 悪い事をした人が死んでしまう、殺されてしまう、理解できます。


 ではxは?

 何もしてません、罪に問われる様な事はしていません。

 ただ実直に勤務していただけなのに。

 言われた命令をこなしていただけなのに。


 なんて可哀想なんでしょう。

 命を奪われ、バラバラにされ大きな川に投げ込まれる姿を

 同胞が偶然見ていました。


 ひどい。

 絶対に。

 許せません。

 許しません。

 許さないです。

 許されません。

 許せないのです。

 あってはなりません。

 あってはならないのです。

 これは由々しき事態なのです。

 恐ろしい事件が起きているのです。

 ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ

 ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ


 これは勘なのですが、もしxが主人によって殺されてしまったのならば、

 その時は私がその報いを受けさせるまでです。

 家族同然の人間に殺されるなんて、こんな悲しい事はありません。

 勝手な行いで、私達の愛を奪ったのならば、領主様。

 申し訳ないですが、あなたも同罪です。


 お前らなんか人間じゃない?

 いいえ、領主様。

 xを殺す、などという卑劣極まりない行動をする者こそ人間とは呼べません。


 ミスをする家政婦はいらないと散々言われてきましたが、xの殺人にあなたも

 一枚噛んでいるのでは?と私は睨んでいます。


 もうとっくに調べはついているのです。

 森のお屋敷の主人とは仲が良いとのことで。

 なぜ先ほどは初めて聞いた様な口振りだったのでしょう。

 不思議ですね、まぁいいでしょう。


 こちらに来て5年が経ちましたが、今日でお暇を頂く事になりそうです。


 えぇ、あなたを優しき世界へと送り届けた後、xのお屋敷に行きます。

 そしてxの代わりに私がお仕えし、ディナーにあなたのお肉をお出しします。

 それはもちろん、レアでございます。

 はいもちろん、3人分の魂が詰まっているのです。

 脂身は甘く、肉汁もさぞかし溢れる事でしょう。

 ワインも忘れてはいけません。

 ふくよかな香りと味は満足頂ける事でしょう。


 ん、あれ...?


 もしもし?


 おっと、これはまた...いつの間に。

 ステーキは食べてるから、その後か。

 じゃOKっと。

 あたしったら、まーたベラベラ一人で喋ってしまっていたのね...

 結局、捕まえて両脚折ってから全然喋らなかったもんなこいつ。

 ガブ飲み、ドカ食いで幸せな最期ではあるか...

 人間飲まず食わず3日って所か、脆いねぇ。

 成仏しなよ。


 さてと、じゃあまたお肉とワインを仕込まなきゃ。

 忙しくなるぞ、っと。

 うわっ、結構重いな〜

 x、もう少し、あと少しだけ待っててね。

 ぃよーっし!

 yちゃん頑張っちゃうぞ〜!

 あっ



 あなたも、xは無実だと思いますよね?


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