「ブラック企業」から「森の」まで全盛り
僕は幕末から続く老舗ブラック企業でおにぎりを握っているサラリーマンだ。
ブラック企業の割に福利厚生があり、森のボロアパート(築153年)には同僚の忍者と文学少女と名探偵が暮らしている。
さて、今日もいつものようにベルトコンベア(手動)で流れてくる米を握る仕事を開始しよう。上流で田んぼを耕している農民がせっせと米を送ってきているぞ。
『――愚かな人間共よ。大魔王の支配を受けよ!』
『――させません! 世界の平和と握り飯は守ります!』
魔王と聖女(弊社のCEO)がブラウン管テレビの中で何か言い争っている。家電リサイクル法を生き残った古参兵が地デジ時代にも動いている。
『邪魔をするなら、まずは聖女が経営する握り飯工場に対して、暇つぶしで破壊工作をしかけてくれる。というか、もうしかけた。お前の工場にある握り飯の中に偽物を紛れ込ませた』
……ま、待て。弊社の夜勤部隊が握り、出荷待ちになっている米は五万個を超えるのだが。
『具材のシャケを、ドラゴンさえも悶絶させるハギスにすり替えておいた。牛乳を飲んだぐらいでは逆流する胃酸を薄められんぞ。これで百五十年続いたお前の店も倒産だ!』
『むきぃぃっ! アンタ、会社に手を出すなんて許さないわよ!?』
その後、出荷待ちの握り飯の全数検査がCEO直々に達せられた。
魔王の破壊工作で遅延する握り飯の出荷。
「主任。どうしましょう?」
「どうしようもないわねぇ。半分以上も人員を検査に引き抜かれた所為で、コントロールできないわぁ」
おねぇ系主任も匙を投げた。同僚の忍者と文学少女は米を開いて閉じる作業に勤しんでいる。名探偵はベルトコンベアを手動で回している。
仕方がない。こうなれば必殺技を使うしかない。
「必殺。千手観音握り!」
「すごいわぁ。これが弊社に伝わる伝説のワンマンライン生産!」
入道雲のごとき積み上がった白米を、残像が残る程の素早さで握り続ける。みるみるうちに握り飯となっていく。
圧倒的な握り力を発揮する必殺技であるが、強い力には相応の反動がある。握った飯の数だけ社員の有給休暇が減っていくのである。
「全社員の有給が、き、消えていくわぁ。綺麗ぃ」
「どうせ有給があってもっ、ブラック企業に務めている限りっ、使う機会はないんだぁーっ!!」
僕の尽力で、今日の昼の生産分をどうにか間に合わせた。
なお、社員全員が年五日の有給を取らなかった事により、働き方改革関連法案違反で弊社は潰れた。