【1話】小さな小さな勇者さま
朝日が昇り、ひんやりとした空気が暖を含む。
それでもまだ、今の季節は肌寒い。
山を少し登り、森を入ったところに【黒うさぎ亭】はあった。
古い木製の看板と赤い屋根が目印。
店主は今日も、店を訪れる誰かを待ちながら、焼き菓子を作っていた。
***
『やーい、いくじなしー!!!』
突然男の子の声が響く。
ここは【ダンデ村】。
ダンデ村はもともと村民たちも仲が良く、作物も豊富でとても穏やかな村だった。
だが、この辺りは魔物も多い土地だった。
常に魔物と隣り合わせの生活のため、戦力の男たちは不慮の事故や戦いで命を落とす者も少なくない。
戦力、働き手を一度に失ってしまうのだ。
戦える男たちが少なくなり、魔物が蔓延る世界では、作物や土地の確保が難しくなる。
老人と女性、子供たちばかりでは村の秩序を保つのも一苦労。
食べ物の取り合い、土地の取り合い、子供たちまでもがイジメなどをしだすようになってしまった。
「ぼく…、いくじなしじゃないもん…」
目に涙を浮かべている男の子の名前はカムイ。
カムイは同年代の子たちに罵られることが多かった。
優しすぎる性格なのと、おばけが苦手だったから。
『カムイおばけが怖いんだってー!』
『うわー、だっせぇー!』
『村の外に出たらすぐおばけに襲われちゃうぞー』
こんな調子で子供たちはカムイをからかっていた。
そんなある日。
『もうこのままでは作物が足りん。家畜や土地も足りんのじゃ。』
そうぼやくのはダンデ村の村長。
『作物を増やすために土地を増やそうにも村の外には魔物が巣くっておる。どうしたものか…』
頭を抱える村長の話は、あっという間に村に広がった。
子供たちにもこの話は広がっていった。
『なあ、村がピンチらしいぞ』
『あー、母ちゃんから聞いた!魔物を倒すか、隣の村から食べ物もらってこなきゃならないんじゃねぇ?』
『どーすんだよー、オレ腹へったー』
ふとその場にいたカムイに視線が向けられる。
『…お!カムイがいるじゃん!いくじなしじゃないカムイになんとかしてもらおうぜ!』
「えっ…」
カムイは驚いて後退りする。
『なぁ、カムイ、勇者になれるチャンスだぞ!』
『そうだな、そうしたら仲間にいれてやるよ!』
戸惑うカムイの周りには、ニヤニヤと不適な笑みを浮かべる子供たち。
『どうなんだよ、カムイ~』
冷や汗が頬を伝う。
ここで勇気を見せてやりたい。
大人たちより先にこの村を救えばもういじめられない。
魔物は怖いけど、おばけじゃないなら大丈夫…。
せめて隣の村で食べ物をわけてもらうくらいなら…!
「ぼ、ぼく、いってくる!!」
カムイはギュッと目を瞑り、手を挙げた。
周りの子供たちは、まさかの一言にポカンと口を開けたままだった。
『…い、いや、カムイ、さすがに無理じゃね?』
『そ、そうだよ、大人がなんとかしてくれるだろ』
急に心配になっているみんなを置いて、カムイは家に走った。
「お母さん!!ぼく隣の村まで行ってくるよ!」
『ええっ…??』
少ない野菜でスープを作っていた母親は驚いて振りかえる。
「ぼく、村のみんなのために食べ物をわけてもらってくる!」
『カムイ…』
カムイの家は父親を早くに亡くし、母親一人でカムイを育てていた。
このような家は珍しくない。
大切な息子はまだ一度も村の外に出たことはなく、急に村の外に出ると言い出すことに快く承諾はできなかった。
『カムイ、あなたはまだ子供なんだから、そんなことしなくていいのよ』
母親はしゃがんでカムイの顔を覗き込んだ。
「も、もう、ぼく決めたから!」
涙目になりながらもそう言い放つと、旅にでる準備を始めた。
旅に出る準備といっても持っていけるようなものはあまりない。
動きやすい服に着替え、作物を持って帰ってくる袋と少しのお金。
護身用に短剣を持った。
準備はそれだけ。
あまりにも心許ない装備だった。
「お母さん!行ってくるね!」
『えっ、カムイ、もう行くの??』
「うん!早く出かけて、今日中に帰ってくるよ!」
『…あっ、待って!じゃあこれを……』
そういうと、母親は小さなお守りを持ってきた。
カムイの小さな手に握らせる。
『これを持っていくのよ。危ない時は無理しないで。もし魔物がいっぱいいたら、すぐ帰ってきなさい。』
そう言って抱きしめた。
「わかったよ。ぼく、大丈夫だよ。」
にこっと口角を上げて見せ、少年は家を出た。
***
そろそろお昼の時間。
【黒うさぎ亭】の店主もちょっとしたお昼の用意をしていた。
「おや…かわいいお客さんだ」
昼食の準備をする手を止めて、入り口の方へ目をやる。
同時に入り口の扉が開き、カランカランとドアチャイムが鳴った。
そこにいたのは、くたびれた服を着て、短剣を腰に携え、膝にケガをした小さな男の子だった。
「何をお求めですか?小さな勇者さま」
店主は微笑み、膝のケガに気づくと小さな椅子に少年を座らせた。
「膝、すりむいてますね。」
そう言って店主はしゃがみ、サッと右手を膝にかざす。
すると傷は綺麗に消えてなくなった。
「あ…あ…ありがとうございます。」
「いーえ」
ニッコリと笑みを浮かべ立ち上がると、店の奥からクッキーとハーブティーを持ってきた。
「よかったら食べてください。今朝焼いたんですよ。」
クッキーの入ったお皿とハーブティーの入ったカップをテーブルに置く。
緊張しているのか、他に何かワケがあるのか、少年はうつむいたまま。
「何か話せそうだったら…話してください」
再びニコッと微笑んでから背をむけると、絞り出すように「あ、あの……」と少年が口を開いた。
首を傾げながら振り返ると、少年は顔を真っ赤にして何かを言おうと口をパクパクさせている。
「……あ、あの………。おばけを退治するもの…ってありますか……?」
話を聞くと、隣の村へ向かう途中、ゴースト系の魔物に追いかけられたらしい。
彼はおばけが大の苦手。
おばけに遭遇しないよう隣の村まで行きたいようだ。
「そうですね…。これはいかがでしょうか?」
店主は棚から麻袋を取り出した。
麻袋には木の粒みたいなものが入っている。
「これは聖なる木、パロサントの粒です。浄化の力が強いので、ゴースト系の魔物は近寄ってきませんよ」
そっと少年に手渡す。
その麻袋から、ふわっと甘い香りが漂った。
「あ、ありがとうございます…!これがあれば、ぼく村まで行けます!」
少年は腰からお金を取り出した。
「えっと…。おいくらですか…?」
「お代はいりませんよ。勇者さまがもう少し大きくなって、本当に必要になったらまた買いにきてください。」
「…ありがとうございます…!」
「そのかわり、クッキーを味見してくださいませんか?誰も食べてくれる方がいないもので」
「もちろんです!!いただきます!!」
さっきのおどおどした様子とは想像もできないくらい、満面の笑みを浮かべていた少年だった。
美味しそうにクッキーを頬張る。
きっと初めての冒険で緊張していたのだろう。
隣の村まではあと少し。
店主は美味しそうにクッキーを食べる少年を眺めながら口を開く。
「もし…、もしも、そのパロサントを持っていても魔物から逃れられない場合は、その粒に火をつけてください」
―その炎を合図に、私が魔物を封じ込めましょう…―
とは口に出さなかったものの、木を燻すことで力が増すのは本当。
「わかりました!マッチ……あったかな?…あった!日が沈む前に帰らなきゃいけないので、そろそろいってきます!」
「はい、お気をつけて。小さな勇者さま」
ヒラヒラと手を振り、少年の後ろ姿を見送った。
「…ダンデ村の勇者さまね。」
小さな小さな勇者さまが、無事に初めての冒険から帰ってこられるよう、陰ながら見守ろうと思った店主なのでした。
1話「小さな小さな勇者さま」完