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産褥期

 カチカチカチと、音が鳴る。ぼくはすぐさま駆け寄って、「母」の様子を確認した。

 大きなクッションに、彼女は背中を預けている。動けない状態のまま何日も経った。まだ膨らんだままの腹に、抜け毛の束が載っていた。それが腹をくすぐって気持ち悪いらしい。

 手袋をはめ、抜け毛を掴む。彼女の毛は針のように鋭くて、先端に触れないように気を付けないといけなかった。掴んだ毛をバケツに放り込むと、硬い音が重なって雨音みたいになる。体も汗で湿っているようだった。毛を掃除し終えると、分厚いタオルで彼女の表皮をふいた。

「母」が子を産んだのは大雨の夜だった。雨漏りするのをバケツで受け止め、ぬるま湯をほかのバケツに溜めていた。母体は何度も腹部を上下させ、その呼吸に合わせていくつもの胎膜が拡縮を繰り返す。何個かの胎膜は割れ、子が飛び出てきてはいたが、そのペースがあまりに遅かった。ザアザアと雨音が室内に入り込もうとしても、彼女の喚く声が部屋を満たしていて、とてもそんな余裕はなかった。

 生まれてきた子をぬるま湯に浸け、息ができるよう粘膜を取り除く。出産は長丁場になり、疲れが出てくると、雨漏りのバケツと産湯のバケツを間違えてしまいそうになることもあった。

 すべての子を産み終えたときには雨はやみ、空を覆う雲から太陽が顔をのぞかせていた。彼女は衰弱が激しいように見えた。体を温め、大量に生まれた子たちを別室に運ぶ。

 それから数日の間、「母」もぼくも眠れない夜が続いた。出産直後は神経が大きく乱れ、体にも変化が現れる。子を落とし終え、役目を終えた胎膜はぽろりぽろりと落ちていく。そのたびに彼女はカチカチカチと音を鳴らし、それを片付けさせるのだった。生まれた子の数は大量で、したがって落ちる胎膜の数も大量だった。

 胎膜がすべて落ちきると、今度は腹の中身が減っていく。自重でいまだ動けない体が、元の体に戻ろうとしているのだ。

 クッションに身を預けてばかりでは、背中の血流も悪くなる。汗をふき終えたぼくは、「母」の体を押した。とても持ち上げられるような重量ではないが、押し上げるように足を踏ん張ると、彼女の体は少し傾いた。それを夜ごとに繰り返す。他にも様々なことをおこなった。

 それから数週間が経った。「母」はすっかり元気になった。六本の脚で部屋のなかを歩き回り、嬉しそうにアゴを打ち付ける。ちょうどそのときに、別室で育てられていた子たちを、機関のひとたちが引き取りに来た。貨物車に乗せられていく子たちをふたりで見送る。彼女は、カチカチカチと鳴らして別れを祈った。

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