ポイズン
「オーッホッホッホッホ! ついに、ついにこの日がやってきたのですわ。そう! 今日はわたくしの誕生日。親族が一堂に会して、このわたくしの優雅で高貴でファービュラスな18歳の誕生日を祝ってくださるのですわ!」
令嬢は周囲に誰もいないのを確認してから、食器棚の奥から紙箱を取り出した。紙箱を開け、おそるおそる手を伸ばし、中にあったものを掴み取る。それはショートケーキだった。
「ああ! ああ! ショートケーキ! 魅惑のその響き、かおり、味! どんな味なのか、わたくしにはわかりませんが、ご学友たちが美味しそうに、とても美味しそうに食べているのを! 何度も何度も! そう! 何度も何度も目にしてきましたわ!」
令嬢はショートケーキを掴んだまま、俯き肩を落とす。しかしすぐに前を見据え、ショートケーキが眼前に現れるように腕を伸ばした。
「けれどそれも今日までですわ! 今日で、わたくしはショートケーキの味を知るのですわ! そして親族の全員も! ああ、その瞬間が楽しみで楽しみで気がくるってしまいそう!」
令嬢は厨房を見渡した。巨大なテーブルには既に誕生日会用の料理が何品も用意されている。親族たちも続々と集まってきたようで、大広間のほうが賑やいでいるのが厨房からでもわかった。令嬢がここに忍び込んだのはシェフたちが出払い、配膳係の者がやってくるまでの間の時間だった。
「さ、今のうちに!」
令嬢はショートケーキをつまむようにしてちぎり、料理の中に次々に仕込んでいった。見ても気づかれないように、少しずつ。すべての皿にショートケーキを仕込んでいく。
「できましたわ! これで、親族全員がショートケーキを食べてしまう! ああ、なんて罪深い! でもそれもこれもわたくしに甘味を禁じたお父さまとお母さまが悪いのですわ! 何が我が一族は砂糖に呪われているですか! 甘味をひとかけらでも食べたらたちまち死んでしまうだなんて、そんな迷信、時代遅れなのですわ! もう平成も終わろうというこのときに、血の掟なんて守ってたってしょうがないのですわー!」
オーッホッホッホッホ! と、令嬢はふたたび高笑いを上げた。
ひとつの時代が、終わろうとしていく。