俺と風邪と漆黒の翼
風邪をひいた。そして背中に翼が生えた。
夜中。激痛で目を覚ました俺の背中で、めきめきと音を立てて生えた。
ちなみに声が出ないほど痛かった。正直死ぬかと思った。
で。だ。
突然生えた翼。しかも真っ黒。これはカラスのような色……いや、漆黒。漆黒の翼と呼んだ方が格好良いだろう。
格好良い。うん。
そんな事を慌てず騒がず納得する辺り、俺はばっちり混乱していた。
有翼族、という種がある。
その名の通り、翼を持つ種族のことだ。だが、その数は減り続け、ついには純血の者はもちろん、翼を持つ者すら少なくなり、場所によっては絶滅したともいう。
そんなのもう、伝説とまではいかないけれど、お伽話の登場人物、くらいは言っても差し支えないレベルの存在になっていた。
実のところ、自分が有翼族の血を僅かながらに引いていることは、知っていた。
だが。だがしかしだ。こんな突然生えるとか聞いてない。
大体、こう言うのって普通白だろう。と、自分の羽根を一枚むしってみる。
痛い。
抜く羽根をミスったらしい。
しかし、この痛みは翼が生えた時の激痛に比べれば些事。痛みは無視して、その黒い羽根を天井に翳して眺める。
熱のせいか、どこかふわふわと、現実味のないそれを。
黒いなー、と。ただ疑問もなく受け止めていた。
「おーい、サツキ-? もうお昼……って、うわ。なにそれ」
旅の供であるミツキが、部屋に入ってくるなり声をあげた。
その表情は完全にドン引いている。
「おう。実は俺――風邪をひいたらしい」
「いや、そうじゃない。そこじゃない。私が突っ込みたいのはそこじゃない」
彼女はぶんぶんと首を振る。
「じゃあ何だ。ベッドと背中が血塗れなことか? これは確かにびっくりだよな。宿の人にあとで掃除道具借りるわ」
「違っ! いや、それはそれで大変だけどさ! その翼だよ翼!」
びし、と背中の翼を指さして彼女は言う。
「サツキ、有翼族だったの!?」
「おう」
「なんで黙ってたのさ」
「いや……血が混じってるのばあちゃんのじいちゃんとかだし。第一、翼……生えるなんて思ってなかったし。そもそも……頭、ぐらぐらするし」
でもさ、とまだ動かしにくい翼を広げて見せる。
「漆黒の翼だぞ。これで俺は風邪にも負けない気がするぜ?」
「馬鹿者」
彼女の一言は、弱った身体にざっくりと刺さる。
だが、この風邪っぴきの俺には……結構なダメージだ。
病は気から。つまり、気を挫くと病にも負ける。
「くっ。たった三文字でこれだけのダメージを与えるとは……病人には優しくしろっておばあちゃんに習わなかったのか。さては貴様、白の手の者だな」
「何言ってるのかな。私はただの人間。に・ん・げ・ん。おーけー?」
「お、おーけー……」
冗談の通じない奴め。コイツはいつだって頭が固い。
「とりあえず……」
と、彼女は額にぺたりと手を当て、自分の額の温度と比べる。
「うん、熱はたしかにあるみたいだね。今日は一日寝ときなさい。後で薬膳用意してあげるから」
「……それ、苦いか?」
「勿論」
「……」
「……」
「いや、俺はこの程度の風邪に負ける訳にはいかない! 漆黒の翼を手に入れた今、俺は今最きょ――っ」
ごす、と彼女がいつも持っている分厚い本の角が頭にヒットした。
「寝てなさい。風邪に不屈の精神持ち出してどうするの。悪化しても知らないよ」
「おう……」
こういう時こそ不屈の闘志でどうにかなったりしないんだろうか、等と思ったが、口にしたら本の角第二撃が来るからやめた。
かくして。
俺は熱のせいでぐらぐらする頭で、丸三日ベッドで丸まっていた。
不屈なのは俺じゃなくて、風邪の方だったらしい。
そしてこの真っ黒な翼の生えた痛みと存在に慣れるまで、更に二日を要するのだった。
ちなみに。
ミツキの用意した薬膳は、死ぬほど苦かった。
風邪には気をつけましょう