七海要①
おかしい……今日は短めの閑話で、明日本編ガッツリ書くつもりだったのに……
何故か六千字を超えてしまったので二回に分けて投稿します……
一個目はお昼の12時で、二個目は日替わり0時のタイミングでアップします。
――うん、今日の晩御飯も良い感じね。流石私。
今日の夕食はトンカツにした。テレビでやってた衣の二度付けと二度揚げを試してみたが、どうやら上手くいったらしい。
何でも色々試してみるものね。と何度か頷いていたところ、娘の夏希がさっきから考え事をしている様子を見せていた。
「夏希、学校で何かあったの?」
夏希が通うのは九条学園という全国でも有数の進学校だ。元々そこまで勉強が好きでもなかったこの子がある時を境に一心不乱に勉強していたのは記憶に新しい。
「ううん、何でもない」
ハッとしたように私に顔を向け、笑顔を向けて来る。だが何年この子の母親をやっていると思っているのか。作り笑いかどうかなんて見れば分かる。
「なるほど、今日も話せなかったのね」
「……うん」
誰と? というのは言わずもがな、私の親友の息子であり、夏希の幼馴染でもある小吾の事だ。先日彼が帰っている事を知った私は、きっと驚くだろうと、次の日夏希に小吾が帰っている事を伝えた。
自信満々にそれを伝えたら逆に私が驚かされる事となった。まさか夏希と小吾が同じクラスだっただなんて。
なのに二人ともまだ一度たりとも会話が出来ていないという。つまり夏希はまだ小吾が今まで何をしていたのかを知らないという事だ。
別に友人とは言え、数年間離れて再会する事なんてよくある事だと思う。けれどこの二人は中学生の頃まで何をするにも一緒だったのだ。
私もあの子が両親を亡くして以来、我が子のように扱った。
時に褒め、時に叱り、ようやく私の事を「要母さん」と照れ臭そうに呼んでくれたのは、確か中学校の入学式だったと思う。
あの子達二人は生まれた日も一緒、剣道を始めた日も一緒。登下校も一緒……あ、流石に布団とお風呂は小学生までだったかしら?
そんな二人だったから、小吾が事故に会った時はショックだっただろう。私だってショックだった。まさか息子同然に過ごしていた存在が急に下半身不随の大怪我を負う事になるなんて。
夏希は毎日足繁くお見舞いに通っていた。ちょうどあの子が猛勉強を始めたのもそれからだった。
そんな時に小吾を含めた病室に居た子達が急に消えてしまった。何の痕跡もなく、本当に文字通り消えてしまったのだ。もちろんすぐ警察に捜索願も出したし、夕方のニュースにも取り上げられた。
けれども一週間、一か月、一年経っても小吾達は帰って来なかった。
小吾が消えた事を知った日、夏希は見た事もないような取り乱し方をして家を出て行ってしまった。
幸い、小吾の生家である地原家の前で発見されたが、うわ言のように「しょうちゃん」と呟き続ける我が子を見て、説教をする気も失せてしまった。
しばらくの間、夏希は部屋から出て来なくなった。不幸中の幸いだったのはヒナが傍に居た事だろう。
「お兄ちゃんは絶対に帰って来るよ!!」
と、毎日夏希を励ましてくれて、実際夏希が部屋から出て来るようになったのだから、あの子には感謝している。
それからの夏希は親の私から見ても心配になるくらい勉強を頑張っていた。その結果が今の九条学園だろう。親として誇らしくもあるが、理由が理由だけに本当にそれでいいのか、と思う気持ちもあった。この時の私は多分、小吾が帰って来ることを信じ切れていなかったのだろう。
夏希が九条学園に通い始め、一年が経とうとしていた頃だった。冬は日が短く、暗くなるのが早い。
夏希は高校でも剣道を続け、部活動でもそれなりの成績を収めていた。そうなると大会が近くなるにつれ、練習時間は伸びてしまう。
小吾がいなくなってからは同じ剣道部の女生徒と帰宅するか、一人で帰宅するようになっていた夏希は、その日遅くまで自主練をしていて、一人で帰宅していたらしい。その時にそれは起こった。
夏希がストーカーに襲われそうになったのだ。
幸いにも同じ学園に通う天野君という男子生徒がストーカーに立ちはだかり、警察に突き出してくれたから何もされなかったとの事だった。天野君も剣道部に所属しており、夏希とは顔見知りだったらしい。
話を聞いたところによると、彼は小吾が入院していた天野病院の院長の息子だそうだ。
製薬会社に勤める旦那はそれを聞いて、自分の方からも親御さんには礼を言っておくと言っていた。
一度だけお礼も兼ねて天野君を家に招待したが、天野君から夏希に話しかける事はあっても、夏希から天野君に話しかける事はあまりなかった。
むしろ旦那が天野君を褒めちぎっており、これからも夏希をよろしく、なんて言っていた気がする。
ヒナにも部活での夏希と天野君の事を聞いてみたが、どうやら二人は付き合っているという話になっているらしい。別に誰と付き合おうがそれを親に報告する義務はないが、そんなまさか、という気持ちを抱くとともに、まあでも仕方ないか。なんて思いもあった。
今では本当に付き合ってるならとっとと別れてしまえと思っているけれど。
そこで先日の話になる。
夕食はカレーにしようと思い準備をしていると、玉ねぎが切れている事に気付いた。どちらにしても買い物には行かなければいけなかったので、自転車を漕いで商店街へと向かう。
行きつけの八百屋で玉ねぎの他にも何か買っておこうかと物色していたところ、店主から声をかけられた。
「おや、七海さんとこの奥さんじゃねえか。なんか買い忘れかい?」
「あらどうも……買い忘れ? この前来たのはもう一週間くらい前だったような……」
「ああ奥さんはそんくらい前だったな。いやーびっくりしたよ。さっき急に小吾が買い物に来たもんだからよ。奥さんのお使いかと思って大量に買わせてやったんだが……違ったんかい?」
「え……?」
そこから店主と何を話したのかはあまり覚えていない。小吾が来たのはどれくらい前だったか、とか聞いたような覚えはあるが、私は何も買わずに慌てて自転車に飛び乗った。
私達の住む七海家と小吾達の生家である地原家はそれほど離れてはいない。せいぜい歩いて五分といったところだろうか。だから商店街からも自転車で行けば十分と少しで着く。
自転車なんて久しく全力で漕ぐ事なんてなかったが、この時ばかりは周囲の目も気にせず全力で漕いだ。すぐに息が切れてしまい、この時ほど運動不足の身体を呪った事はない。
地原家が見えてきたが、電気は点いていないようだ。幸い鞄の中に入れっぱなしになっていた地原家の合い鍵を取り出し、息切れと逸る気持ちで心臓が痛むのを抑え、玄関のドアを開く。玄関に入るが、部屋には電気が点いておらず、真っ暗だった。
――もしかしたら人違いだったのかも。
「ああぁ……ぁ……」
そう思って諦念に打ちひしがれていたところで、リビングの方から呻き声のようなものが聞こえてきた。
――誰か、いる。
状況からすれば小吾以外に考えられないが、だとしたら何故呻き声が聞こえるのだろうか。
私は仮にも他人の家である事も忘れ、リビングに向かって駆け出した。
そこで見たものは、全身を毛布で包み叫び、呻きながら蹲っている少年の姿だった。
要母さんは……ヒロインやないんや……マジかよ……