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亜咲のお見合い〜後編〜

3日に一回、せめてこのペースは守りたい

「どうぞそちらにお座りください」

「ええ、ありがとう」


 母様が俊也さんに促され、入り口側から見て奥側の上座へと着席する。

 家としての格を考えれば当然なのだろうが、私はあまりこの席次というものが好きではない。もちろん組織という枠組みの中で上下関係はあって然るべきとは思うが、仕事でもないのに何故? という思いが強い。


「さて、この度は急な話を受けて頂いてありがとうございます」


 俊也さんが私達に向かって軽く頭を下げ、続いて正義さんも頭を下げる。


「頭を上げてください。この話が纏まれば家族になるも同然なのですから」


 それは本人同士が決める事では? と思ったが、今はまだ思うに留めておく。


「そうですな。それでは改めまして、私は現四條家当主の四條俊也と申します」

「息子の四條正義です。僭越ながら次期当主として日々勉強させて頂いています」

「今代九条家当主の妻。九条京子です」

「九条家次女。九条亜咲です」


 改めてそれぞれが自己紹介をする。あちらは次期当主の身だが、九条の次期当主は美咲姉さんと決まっているため、私には特に肩書きのようなものはない。


「月並みな質問で恐縮ですが、亜咲さんは何かご趣味などは?」


 何か話題を作ろうとしたのか、俊也さんから私に向けて質問が飛んでくる。


「そうですね。特に何か特定の稽古などはしていませんが、学友との会話が趣味と言えば趣味でしょうか」


 小兄様や大兄様の困ったような表情や、光さんや日向さん、夏姉様の顔が脳裏に浮かぶ。

 よくよく考えればもう三日以上もあの顔が見れないのだから、物足りなくもあり、少し寂しい気持ちにもなるというものだ。


「亜咲さんは社交的なんですね。普段はどのような会話を?」

「私がわがままを言って困らせる事が多いかもしれませんね。後は女性陣と年相応の会話を、といったところでしょうか」


 特に光さんとは今日の小兄様は物足りないというような駄目出しや、大兄様が今日も空気のようだったと感想を出し合う事が多い。

 日向さんや夏姉様とも小兄様の話をする事が多いが、やはり光さんとの話が一番同調出来ると言って良いだろう。


「そうですか、良い友人をお持ちなのですね」

「ええ、私にはもったいないくらいの人達です」


 こんな皮肉ばかりの女は扱い難いだろうな。と思う事は多々あるが、なかなかそれを堪える事は難しい。

 それでなくとも私のように望まずとも家柄もあり、打算に塗れた性格の人間が、正直に胸の内を告げられる相手などそうはいない。

 家柄、容姿、性格。一つだけでも相手に気後れさせてしまう要因となってしまうにも係らず、幸か不幸かその三つに該当してしまっていると自覚はある。

 事実、今もこうして家柄というものを意識せざるを得ない場面が繰り広げられている。


「亜咲さんにそこまで言わせる人達なら、僕も一度会ってみたいものです」

「興味がありますか? でもそうですね。もしかしたらすぐに会える(・・・・・・)かもしれません」

「はは、その時は亜咲さんに恥をかかせないように気を付けますよ」


 私の返事をどう受け取ったのかは今の返事で大体察する事が出来た。同時にどうしてもこうも前向きなのだろうかとも疑問が湧く。

 まあ恐らくは母様が何かしら根回しでもしているのだろうが。


「おっと、女性にばかり質問するのはよくありませんね。僕は亜咲さんのように友人との会話はどうしても必要最低限となってしまうのですが、最近投資に興味を持ち始めまして。やってみると面白いんですよね。例えば株式なんかは家の影響もあって動向を見るのがクセになってしまいまして……」


 特に聞いたわけでもないのに、正義さんは自分の趣味を語り始める。恐らく私から話を振られるとは思っていないのだろう。その通りではあるのだが。


「あ……すいません。亜咲さんはまだ高校生ですし、投資の話なんてつまらないですよね。すいません一人で盛り上がっちゃって」

「いえ、私もまったく興味がないわけではありませんので」

「息子はこう見えてなかなか投資に関して勤勉でしてな。もし亜咲さんが株式の運用にお困りの際は息子にお任せ頂くのも良いかもしれませんな」


 何故か俊也さんまで話に加わってくるのを見て、私の中にあった疑念が少しずつ紐解けていく。

 恐らく趣味だろうが特技だろうが話のタネはなんでも良かったのだろう。彼ら二人は——いや、彼ら三人(・・・・)はこの話に持って行きたかったのだろう。


 確かに私はお爺様よりいくつかの株式を贈与されている。これは九条家として経営、投資について学べという意図と、将来家を継がない私が困らないための資産としての二つの側面がある。


 本題はその私が保有している株式についてだろう。確かに贈与された株式の中に、四條家の経営する四條グループの株式もあった(・・・)

 この可能性も考慮して、既に手は打ってあるが。


 つまりはこういう事だろう。

 どこから情報を入手したのか……恐らくは母様なのだろうが、彼らはこのお見合いを通じて、九条家との縁を持つと同時に、私の保有している四條グループの株式も手にしたい。

 というのも四條グループが一時期業績が低迷し、保有株式を少なくない割合で放出した事は調査済みだったため、この結論に至るのはそれほど難しい話ではなかった。


「そうですね。考えておきます」

「将来夫婦ともなれば資産も共有すべきですからな。亜咲さんが生活に困る事がないように正義にはしっかり投資について学ばせておくとしましょう」


 夫婦とはまた具体的な話を持ってきたものだ。こちらは一度も了承した覚えがないというのに。

 ここであの話(・・・)をすればどういう反応が返ってくるか興味をもった私は、ある爆弾を投下する事にした。


「そういえば私も最近株式の売買をしてみたんです」

「おおそうですか。して、どうでしたかな?」

「残念ながら収支としてはマイナスとなりましたが……今後どうなるか分かりませんしね」

「それはそれは……まあ投資というのは水物ですからな。いやまだお若いのに今後の事も考えておられるとは、容姿端麗で更に聡明でいらっしゃるようで九条さんが羨ましい」


 よくもまあ次から次へと美辞麗句が飛び出してくるものだと思った。


「そうですね、なかなか難しいものです。もしかしたら上手くプラスになるかも、と思って四條グループの株式を全て売却し、天野家傘下の企業株式を購入してみたのですが……」

「は……? い、今なんと?」


 その一言が予想外だったのか、俊也さんが狼狽したように私に問いかけてくる。


「ええ、ですから四條グループの株式を全て(・・)売却して——」

「ど、どういう事ですかな九条さん?」

「いえ、私は存じ上げ……亜咲、流石に冗談よね? お義父様の許し無しに勝手に売買なんて……」


 母様までもが慌てて私の言葉を訂正させようとしてくる。正義さんはどういう反応をしているか伺えば、先ほどまでこちらに向けていた微笑みは消え、呆然とした表情になっていた。


「お爺様の了承なら既に得ています。私に贈与した株式については私が自由にすれば良いと言ってくださいました」


 当然この話には裏がある。

 先日の天野家が起こした不祥事に対し、公にしない代わりに、天野が保有している企業をいくつか買収する事が内々で決定した。

 黒か白かで言えば限りなく黒に近い灰色だが、現在公に九条家と天野家との繋がりは血縁、取引共に断絶している状況にある上、先日の事件も公表される予定はない。


 買収に関してもまだ数年は先の話であるため、即時利益が伴うものでもなく、利益が出る事は確約されたものではないため、まあ黒とは言えないだろう。


 ——そして私の発言によって起こったこの状況。

 つまりは私個人の容姿がどうだと言ったところで、相手が求めていたのは家同士の繋がりと、自分達の利益のみ。結局株式の処遇一つで荒れるような話でしかなかったというわけだ。


「で、お互いの趣味については話し終わったと思いますが、他に何かご質問はありますか?」


 ここで話を進めようとするのなら大したものだと思うが、目の前で狼狽している三人を見る限りではそれどころではないのだろう。

 私はおもむろにスマートフォンを取り出し、画面に表示された通知を確認する。


「質問はないようですので、お話はここまででしょうか」

「そ、そうですな。亜咲さんは先にお戻りください。九条さん、この件は後程改めて……正義も、良いな?」

「え、ええそうですわね。ひとまず今日はこの辺で……」

「——あ、そういえば」


 と、解散の言葉を引き出した私は、ちょうど頃合いと判断して声を上げた。

 まだ何かあるのかと私に三人からの注目が集まる。


 ——そしてそれ(・・)は、私の目論見通りに訪れた。


 防音のためか、少し重厚に作られた扉をバタン、と音がするような勢いで一人の男性が入ってくる。


「亜咲!!」


 ()は何やら慌てて飛び込んで来たようだが、大方美咲姉さんが何か吹き込んだのだろう。私はその様子を見てついおかしくなってしまい、思わず頬が緩むのを感じた。


「紹介しますね。先ほど話していた私のわがままを聞いてくれる人で——」

「え? あ、あれ? 亜咲?」


 予想していた事態と違っていたためか、勢いよく飛び込んで来たクセに混乱し始めた彼を見て私は更に笑みを深めた。


「——私の伴侶となる人です」


 私は堂々とそう告げる。

 私の言葉に三人は唖然とし、小兄様は私を見て驚いた表情をした後、状況を把握しようと辺りをキョロキョロしている。その挙動がおかしくて、愛おしくて。思わず私はいつものように、彼の腕に抱き着いたのだった。



美咲「そろそろしょうくんが着く頃よ、と」

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