亜咲のお見合い〜前編〜
平日夜勤は繁閑が激しくて書けたり書けなかったりします。
ゴメンネ。
「亜咲さん、そろそろ出発しますよ。ちゃんと先方の事は覚えましたね?」
「はい、もちろんです。母様」
母様から出発する旨を伝えられ、私はそれに逆らう事なく外へと向かう。
学園を欠席し始めてから四日目の今日、私が向かうのはお見合いの相手が待つ某有名ホテルだ。
天野家との婚約を破談にした際、いずれは新たな相手を用意される事は想定していたが、母の暴走とも呼べる性急さで今回の運びとなった。
父様からはこの話は聞いていなかったので、恐らくは母様が勝手に決めた事なのだろう。事実、九条家現当主である父様が不在のタイミングでお見合いを行うというのもおかしな話である。
恐らくこの事が父様に知られれば母様は何かしらの叱責を受けるだろうが、それでも縁談とは相手があっての話ではある。
相手方が前向きであればあるほど、話が纏まってから断ってしまえば外聞が悪くなってしまう。
だからこそ母様は今日の内に話を纏めてしまい、父様が戻っても断る事が難しい状況を作りたいのだろう。
そんなもの、私が固辞してしまえば良いだけではあるので、そもそも破綻した前提ではあるのだが。
恐らく母様も私が拒否すると予想はしていたのだろう。私が相手方と会う事を了承した事が意外だったのだろう。驚いた表情をしていたのを覚えている。
もっとも、相手が誰であろうと縁談を受けるつもりはない。私は小兄様だけを愛しているのだから。
私がこのお見合いの場へ向かうのは、あくまで相手方の面子を潰さない事と——
「お嬢様、お足下にご注意ください」
「ええ、ありがとう」
使用人の一人に注意を促され、意識を現実に引き戻して車の後部座席へと乗り込むと、隣には先に家を出た母様が座っていた。
「亜咲さん。大丈夫とは思いますが、今回のお見合いは家の発展の為にも大事な機会なのです。先方に失礼のないよう、九条家の一員としての振る舞いを期待していますよ?」
要するに相手に失礼な事を言うな。という釘を刺しておきたいのだろう。あるいは相手が乗り気であればその話を断るな。という意味合いも含んでいるのかもしれない。
結局のところ、母様は未だに私の事を九条家の部品としてしか見ていないのかもしれない。
天野家との縁談も母様が一枚噛んでいるという情報も既に入手済みだ。
九条家の発展のため……というのはまったく嘘ではないのだろうが、恐らく相手方から何かしらのメリットを提示されている。あるいは提示させたのだろう。例えば先方の経営する企業の役員として迎えるなどが最たる例である。
「本日お会いする四條家は、天野家からすれば少し格は落ちますが、それでも日本の経済に影響を与えるほどの家柄である事に違いはありません。それに九条の遠縁でもあるのですから、お話が纏まれば九条家の結束はより強くなる事でしょう」
「そうですね」
だが私からすれば、どれだけ相手の家柄が良かろうが何の魅力も感じない。そもそも九条家の次期当主は美咲姉さんであり、家の結束が強くなったところで私が何か得をするかといえばそうでもないのだから。
なので結論から言えばこのお見合い自体には興味はない。母様への返事も淡泊な相槌を打つだけに留めた。
「それに先方はとても好青年だと聞いています。年齢は少し貴女より上ですが、亜咲さんには包容力のある男性が良いと思いますし、お互い相性も良いはずです」
「そうですか」
何をもって相性が良いのか分からないが、私は小兄様の事を思い浮かべる。
私の皮肉を受けながらも一度も拒絶した事のない彼は包容力がある……と言えなくもないのだろうか。
まあ私自身、どこまで許されるのか彼を試している節があるので結局彼に甘えているだけなのだろうが。
そういえば先日小兄様の家で久しぶりに彼に甘えた事を思い出した。
小兄様が私や光さんに対して劣情を抱かないようにしているのは知っているが、それでも時々私の胸元に視線が向く事がある。
なので彼の腕を取り、私の唯一の武器でもあるこの無駄に育った胸に彼の腕を挟んでみたが、効果は上々だったようだ。
嫁入り前の娘がはしたないと思われるかもしれないが、それ以上の事があれば即嫁入りする覚悟はあるので私からすれば何の問題もない。むしろ既成事実が出来てしまえば万々歳である。
ただ最近では夏姉様という新たなライバルも登場したため、少し功を急いでいる感があるのも否めない。今は恋敵というよりは同志という関係性ではあるが……
「奥様、お嬢様。到着致しました」
「ご苦労様、さあ亜咲さん。行きますよ」
私は特に返事もせずに母様に続いて車を降りる。
私達はホテルのロビーにある椅子に腰かけ、相手の到着を待っていた。
「やあ九条さん。お待たせして申し訳ない」
——特に会話もないまま待つ事数分、一人の男性が母様へと声をかけた。恐らくこの人が私の見合い相手の父親なのだろう。
一目見た感じでは人の良さそうな人、という印象だった。もっともそれだけの人物でないのは確かなのだろうが。
「いいえ、こちらも来たところですのでお気遣いなく。亜咲さん、この方が現四條家当主の四條俊也さんです。さ、ご挨拶を」
「九条家次女の九条亜咲です」
本来なら本日はよろしくお願いします。とでも言うべきなのだろうが、あいにくとこちらはよろしくするつもりも、されるつもりもないので、椅子から立ち上がり、名乗るだけに留めておいた。
「これはご丁寧に。しかし噂には聞いていましたがお美しいご息女ですな。正義、お前も挨拶なさい」
四條さんが後ろを振り向き、背の高い男性に声をかけた。恐らくこの人が私の見合い相手、という事なのだろう。
「四條正義です。お会い出来て光栄です」
「正義さんですね。初めまして、九条亜咲です」
彼は私に柔らかく微笑み、穏やかな声音でそう名乗った。
なるほど、母様が言った通り好青年、という噂に相違はないのだろう。
恐らく握手を求めようとしたのか、こちらに手を差し出そうとする気配が伺えたため、私は機先を制するように母様へと声をかけた。
「母様。お互い挨拶も終えた事ですし、予定の部屋へと移動しては?」
「おや、亜咲さんは意外とこの話に前向きなのですかな?」
「はは、だとしたら僕も嬉しいですね。確かにここで立ち話というのもなんですし、部屋に移動しましょうか」
と、四條親子は私の発言を好意的に捉えたのかそんな事を言う。残念ながらとっとと終わらせて帰りたいだけなのだが。
「あらあら、亜咲さんも意外と積極的だったのね」
その流れに乗るかのように母様までそんな事を言ってくる。このまま無言で立ち去ってやろうかとも考えたが、それは流石に何のメリットもないため我慢する事にした。
そもそもこの話自体、私にとってメリットのある話ではないのだが。
それでは早速と俊也さんが受付へと向かおうとしたところで、正義さんが声を上げた。
「父さん、受付なら僕が行ってくるよ」
「そうか? すまないな、なら頼む」
「すぐに戻りますので、少しこちらで待っていてください」
そう言い残して正義さんは受付へと向かった。
「良いご子息ですのね」
「いえいえ、きっと亜咲さんに良いところを見せたいのでしょう」
「ご謙遜なさらず。ああいう細かい気遣いの出来る男性はきっと良い夫になりますわ。亜咲さんもそう思うでしょう?」
「そうですね」
肯定とも取れる相槌を打つが、当然そこには私以外の、という前提がある事は言うまでもない。
その発言がどのように捉えられたのかは定かでないが、二人の話が弾んでいるところから察するに、これも好意的な解釈をされているのだろう。
「お待たせしました。この方が案内してくれるそうです。行きましょう」
ホテルの従業員を伴って正義さんが戻ってきた。
いや、従業員と言えば従業員なのだろうが、恐らくこの人は何らかの役職についている人だろう。
そう思ったのはロビーにいるホテルマンや受付の人達とも制服が異なるからだ。
まあそれもそうか。と一人納得する。
私が調べた限りでは、会場として用意されたこのホテルは四條家が経営していたはずなのだから。
その従業員は俊也さんに丁寧な挨拶をした後、続いて母様と私に対して一礼し、それでは案内します。と私達の先頭を歩き始めた。
途中エレベータに乗って上の階へと上がっていく。
ほどなくしてエレベータは目的の階層へと到着し、降りてすぐの部屋に案内された。
私達はそれに続いてお見合い会場となる一室の部屋へと通されるのだった。
最近新作の妄想ばっかりでこっちのネタが浮かんでこない病が悪化しています。
この作品の設定を活かしつつの新作を予定してますので、書き始めたら告知予定であります。
とは言ってもまずは本作頑張りますん。