ならず者達の後始末~亜咲を添えて~
これでようやく長かった一日のお話も終わりです。
「ところでナツ」
「なぁに?」
長い間会話しなかった弊害だろうか。妙にナツの幼児退行が進んでいるような気がする。
退行というのに進んでいるとはこれ如何に。
「そろそろ離して欲しいんだが」
「もうちょっと、もうちょっとだけだから」
お前さっきもそう言ってなかったか。いい加減この後の処理もしないといけないし、何より周りの目が痛いんだが……
「夏希お姉ちゃんがすっかり子供みたいに……」
「七海さんってもっとしっかりしてるイメージだったんだが……というか小吾、早く手伝え」
「いいなぁ。私も混ざろうかなぁ」
ヒナと大輝が若干呆れていた。だが光、お前まで混ざると収拾つかなくなるからやめてください。
「ほら、ヒナ達も見てるんだし」
「え? あっ!!」
どうやら他に人が居る事を忘れていたらしい。らしいと言えばらしいが。
それを思い出したのか、ようやくナツは慌てて俺から離れる。
「いたっ」
その反動か、足首を押さえるナツ。走っている内に足でも捻ってしまったのだろう。
ナツをその場に座らせて靴を脱がせる。見た目ではそこまで腫れているようには見えない。
俺はナツの足首をなぞるように、手で腫れ具合を確認する。
「ひゃっ!? しょうちゃんくすぐったいよ」
「痛いよりマシだろ……やっぱりちょっと腫れてるな。」
恐らく捻挫だろう。骨折してたらもっと腫れているはずだし。
「まったく……怪我してるんなら大人しくしてろ。ヒナ、ナツについてやっててくれ」
「あ、うん分かった」
ナツの事をヒナに託し、俺も大輝と共に男達のズボンを脱がせていく。
「っていうか……なんでお兄ちゃん達、その、ズボン脱がせてるの?」
ヒナがこちらを見ないようにして問いかけて来る。こんなモノ見たら目が腐るからな。
「これでコイツらを縛るんだよ」
よほど恰幅の良い体型でなければ、ズボンを広げれば人を一人縛りつけるくらいは容易い。
俺と大輝は三人ずつ一纏めにして、ズボンの端と端を結んでいく。
流石にそれなりの長さがあるとは言え、ズボンだけでは上半身と下半身の両方を縛る事は出来ないからだ。
一人だと下半身が自由なので逃げられる可能性がある。
二人なら一人がもう一人を担いだり、息を合わせれば動く事が出来るかもしれない。
だが三人だと意思の疎通も難しくなる上、動きを同期させる事は更に難しくなる。
だが人数を増やせば増やして円を大きくするほど、その分隙間が出来る可能性もあるので、三人ずつ、というわけだ。
「よし、これで最後だな」
俺はズボンの端同士をギュッと結んだ。
「光、亜咲はなんて?」
俺と大輝が男達を縛り上げている間、光には亜咲に連絡するようにお願いした。
要母さんにも先ほどヒナから連絡して貰ったので、いったんは問題ないだろう。
だが後始末には亜咲の協力が必要となるので、光から事の顛末を伝えて貰っていたのだった。
「亜咲ちゃんはもうこっちに向かってるって!! すぐ着くとは言ってたけど……」
大方家の車でも出してくれているのだろう。俺達がナツのスマホの位置を調べていたように、亜咲にも俺のスマホの位置が分かるようになっている。
本来は家族単位での契約などで有効となる機能だが、あいにく身寄りのなかった俺はこの世界に戻って来た直後、亜咲が契約したスマホを譲り受けていたからだ。
一般的にはあまり良い事ではないのだろうが、亜咲から申し出てくれた事であったし、俺としても連絡用にスマホは持っておきたかったので、その提案に甘えることにした。
もっともその時はこういう使い方をするとは思ってもいなかったので、逆に言えば四六時中俺の居場所が亜咲に分かってしまうという事になる。
亜咲を信用していないわけではないのだが、なんかちょっと怖い。
程なくして、こちらを照らす灯りが近付いて来るのが分かった。
恐らく亜咲だとは思うが、天野達の仲間である可能性もあったため、一応警戒はしておく。
それは杞憂であったようで、近付いて来た存在が見知った顔であった事に安堵し、俺は警戒を解いた。
だが亜咲は大勢の人達を伴って現れた。誰だろう、亜咲の関係者なのだろうか。
「小兄様、お待たせしました」
「わざわざすまん。で、この人達は?」
元々亜咲一人で来るとは思っていなかったが、思っていた以上人数だったため、俺は亜咲に尋ねた。
「ほとんどが警察の方達です。光さんからお話を伺ったところ、どうやら不埒者の人数が多いようでしたので、こちらも人数が多い方が良いと思いまして」
「あ、そうか警察か」
恥ずかしながら俺は警察に通報するという当然の事を考えていなかった。今までの生活の弊害かもしれない。
確かによく見てみれば、ほとんどの人が警察官と分かる制服を着ている。辺りが暗い上に制服も黒基調だったため、すぐには警察官だと分からなかった。
となれば服装が異なる人達は亜咲の関係者なのだろう。流石にこんな時間に亜咲一人で外出するのは危険だろうしな。
俺達が縛り上げた男達を見た警察官は一瞬驚いていたようだったが、やはりプロというべきだろうか、彼らの動きは迅速だった。
警察官は男達の手首に手錠をかけた後、拘束用のズボンを外し、男達を連行していく。
連行されていく男達の反応は様々だった。
気を失ったまま担がれて運ばれていく者もいれば、我を取り戻して「離せよ!! クソが!!」などと悪態を吐く者もいた。
時々こちらをチラリと伺って悲鳴を上げていた者もいたが、二度とこんな事が起こらないよう、トラウマにでもなって頂きたい。
天野を含めた男達全員を連行し終えた警察官から事情を聴かれたが、特にこちらとしては恥じる事などなく、被害者側の立場であったため、正直に顛末を答えてその場は解放された。
また後日事情聴取などで呼ばれる事があるかもしれないとは言われたが……
それから家まで送ってくれると言ってくれたが、それに関しては亜咲が責任をもって送り届けるという事でご遠慮願った。
断れるものなのか? と疑問はあったものの、詳しい事は俺には分からない。亜咲が何か手を回したのかもしれないし、そういうものなのかもしれない。
だが流石にここでお別れ、というわけにはいかないらしく、俺達は警察官に護衛されながら、亜咲が用意してくれた車へと乗り込んだ。
そこまで確認されてから、男達を乗せたパトカーが一台、また一台と去って行った。
結果だけ見れば天野達は逮捕されたし、ナツにも被害がなかったので十分な結果と言えるのだろう。
けれど未成年の奴らに関しては成人した男に比べて、刑が軽くなるのではないかと考えると、どうも釈然としない。
「なあナツ、これで良かったのか?」
「うん……正直二度と顔も見たくないし、ずっと刑務所に入っていて欲しいくらいだけど……」
「それは無理でしょうね。ですが心配いりませんよ」
そんな気持ちを見透かしているのかのように、亜咲が告げる。
「彼等にはいったんは刑務所に入って貰うつもりですが、それだと小兄様も納得出来ないでしょう? 少年法があるとは言え、彼等もいつかは日常に戻る事が出来てしまうのですから」
「……ああ、納得は出来ない」
当然更生の余地は与えられるべきだ。
なんてのは当事者ではない人が言っている事であり、被害者にとっては堪ったものではない。
自分を襲った人間が、また自分に関わって来るかもしれないという恐怖。
あるいは自分の人生をめちゃくちゃにしたクセに、たかが数年程度でもう一度幸せになれるチャンスを与えられるという事実。
全てにおいてそうだとは一概に言えないが、明確な害意をもって犯行に及んだ人間を擁護する意味が俺には理解出来なかった。
「だと思いました。ですので既に手は打ってあります」
まだ全員というわけではありませんが、と前置きをして亜咲は語る。
「おじい様にお願いして、未成年である彼らは、出所後あるところに送られるようになっています。成人している者に関しては出所後二、三日後に行方不明になる者も出るかもしれませんが……」
男達の親には既に話を通してあるらしい。どういう方法を使ったのかは知らないが、相変わらずの手腕に思わず舌を巻く。
「まあ、表向きは九条家の経営する労働施設ですね。そこで働いて貰う事になるかと」
「それだとただ出所後の仕事が確保されているだけで、むしろアイツらにとってはメリットになるんじゃないのか?」
「ええ、最初はそのように感じるかもしれません。ですが彼等には鉱山労働者となって頂く手筈となっています」
「鉱山労働者?」
言葉を聞けばなんとなくその仕事の内容は理解出来る。だが俺の心中としてはそんな職業がまだこの日本にあったのかと思う程度だったが。
「現代の鉱山労働者は鉱山病などの重病にかからないように労働環境は改善されています。ですがそれは国に依りますので--」
「ああ、別に日本である必要はないって事か」
「はい、ついでに言えばその時期に合わせて、そこにはある人達を送り込みます」
「と、言うと?」
「端的に言えば、屈強な男性ですね」
つまりは奴等を力で従わせる事が出来る者を監督者として付けるという事か。
「まだ時間がありますので人選はこれからとなりますが、先ほどの条件に加えて、男色である事を要件として追加してあります」
なるほど、過酷な労働環境に加え、逃げだそうとしても実力でも監督者に敵わず。更にはその監督者に慰みものにされる、と。うん、流石亜咲だ。容赦ない。
そこまで聞いて、俺はようやく留飲を下げた。
ナツとヒナはといえば、亜咲の話を聞いて顔を青くしながらドン引きしていた。
「そこまでしてくれるなら亜咲に任せる」
「ありがとうございます」
と、ニッコリ微笑む亜咲。だが俺は騙されない。今絶対コイツの体中から、黒い何かが滲み出てやがる……っ!!
「では小兄様にもご納得頂けたところで、帰ると致しましょうか」
「ああ、色々手を回して貰った上に送って貰ってすまないな。感謝してるよ」
ただ乗り込んで物理的に解決した俺達よりも、警察に通報したり、男達の関係者に根回ししたりと、この件に関して言えば亜咲が一番忙しかったに違いない。
けれどそういった素振りを全く見せない彼女に対し、俺は本心から感謝していた。
「ご褒美のためですから」
その言葉に俺はピシリと固まってしまう。
確かに家を出る前、そんな約束をしたような記憶がある。
「今日は皆さんお疲れでしょうから結構ですが、さて何をして貰いましょうか……」
亜咲はそう言って先ほどよりも良い笑顔で俺を見つめていたのだった。
正直亜咲に全部持って行かれた感ある。
あ、いつの間にかブクマも5,000件超えてました。いつもありがとうございます。ありがとうございます……
※明日は夜勤のため、本日書ききれなければ明日お休みするかもしれません。




