赤ちゃん、それは日々特訓である。
目を覚ますと、父ちゃん達が帰る所でした。
曾祖父さんが頭を撫でてスッと消えていきます。
父ちゃん達は旅館に泊まるようです。
明日帰りにもう一度顔を見に来るようです。
ガラス越しに手を振る父ちゃん達。
ガン見して見えてますよアピールしておきましょう。
母ちゃんは病室で寝ているのだろう。
母方の婆ちゃんがお見送りしてました。
さて、俺はやることが無い。
体も思うように動かないし、よく見えないし聞こえにくい。
とりあえず両手を握りしめるくらいしか出来ないのだが、こうしていれば握力も付くだろう。
疲れたから今度は足の指に力を入れる、こうして手足の先から力を入れていけば、早く体も馴染むような気がする。
たったこれだけの事で、ずいぶん疲れた。
またひと眠りして体力を回復させよう。
朝が来て、産まれて何度目かの授乳タイム。
ちょうど授乳室から出たタイミングで父ちゃんがやって来た。
良い時に来ましたね~と看護婦さん。
父ちゃん初抱っこである。
看護婦さんからやり方を教わりながらの抱っこ。
めちゃくちゃ緊張しております。
俺も緊張するわ!
すぐに母ちゃんに渡されました。
今日は爺ちゃん達は旅館で待っているようで、長居は出来ないみたいです。
ほんの少しの時間母ちゃんと話をして、俺の頭を撫でて帰って行きました。
明日は仕事だからな、帰りの道中気を付けるんだよ~。
父ちゃんも帰り、母ちゃんも病室に帰ってしまい、また暇になった。
筋トレタイムの始まりだ。
あれから数日、少しは体も馴染んで来た。
手足のバタバタも上手になった。
しかし体が重いので起き上がって布団を掛け直す事は出来ない。
首も自由には動かす事は出来ない、右を向いたらそのままだ。
頭が重たいのだ。
天井はあまり見ないようにしている。
色々といるのだ。
悪いものでは無いと思う。
近所のお婆さん達がどこそこのお孫さん可愛いわね~って言っているような感じである。
声は聞こえないんだけどな。
昼になって母方の婆ちゃん達がやって来た。
婆ちゃんは、初日だけ病室に泊まって、次の日から毎日通ってくれている。
母ちゃんの実家、つまり婆ちゃんの家からは車で15分。
毎日バスで病院まで来ている。
今日は爺ちゃんも一緒に来ていた、海が時化たのだろう。
爺ちゃんは底引き船の船長をしている。
俺が漁師になる前の年に船を降りて、小型船で縄(はえ縄)漁をはじめた、いや、はじめる。
俺がやりたかった漁師になるのだ。
うらやましい、俺も出来ればそちらの方へ乗せてもらいたいものである。
今日は婆ちゃんの荷物(母ちゃんの洗濯物)持ちのようです。
いくら婆ちゃんや母ちゃんの友達が来ても、俺は育児室のガラス越しにぼんやりと見るだけ。
授乳しに来た母ちゃんと、巡回してくる看護婦さんしか構ってくれる人がいないのだ。
この病院は母子同室では無いのである。
本来子供というのは、大人よりも時間の経過が遅く感じせつさるものらしいのだが、それは時間に対しての慣れと言うか経験値が少ないかららしい。
体は子供、頭脳は大人な俺にとっては、腹いっぱい飲んだと思ったらあっという間に空腹感を感じたり、起きて筋トレして疲れたらすぐに眠くなったり。
1日はとても短く感じるのだ。
あれからまた数日、今日は退院の日。
産まれて1週間程度なのだが、頻繁に寝たり起きたりしているので、日にちの感覚はほとんど無い。
またしても授乳が終わったタイミングで父ちゃんがやって来た。
大きなバスケットみたいな籠を持ってますな。
どうやら俺はあの中に入れられるようだ。
退院の手続きも終わり、看護婦さんに挨拶も済ませた。
毎日沐浴させてくれてありがとう!
車に乗り込み15分。
この時代チャイルドシートなんてなかったので、
母ちゃんの膝の上で抱えられている。
事故しそうになったら俺を盾にする事だろう。
港に車を停めて坂の上の爺ちゃん家に到着。
今日からしばらくはここで暮らすのだ。