猫様との遭遇。
「おい、聞こえてるか?」
固まったまま動けない俺の方へと近づいて来る猫の目。
とうとうすぐそばまで来てしまった。
「お前、大丈夫か?」
俺の顔を見上げて心配そうな目をするその顔はやっぱり猫だった。
ダメだ、戦っても勝てそうに無い。
猫が人と同じ大きさだったら、その戦闘力はライオンや虎よりも上だと聴いたら事がある。
幸い言葉は通じそうだ、何とか喋って見よう。
「ミ、ミー!」
なんてこった!体も動かなければ声もろくに出ない。
これでは俺の方が猫みたいではないか。
それにしてもこの猫、身長175㎝の俺の肩位の大きさの癖に、威圧感は恐いほどだ。
「あ。」
猫が何かに気が付いたような声を出す。
途端に空気が軽くなったようだ。
「澄まなかった、これで喋れるかな?」
くそっ、可愛い顔して恐ろしい猫だ!
猫は20年生きると化け猫になると言う、おそらくコイツもその類いの妖怪かお化けだろう。
怖いから下手に出ておこう。
「はい、大丈夫です。汲み置きの水ならありますが、暖めますか?」
猫のご主人と、その下僕のようになってしまった。
ある意味正しい猫と人間の関係だな。
「いや、そのままで良い、すまないな。」
手に持ったままの火口とファイヤースチールを下に置き、タープから水筒とリュックを持ち出す。
リュックからコーヒーカップを出して水を注ぐ。
「湧き水ですけど、本当に沸かさなくてもよろしいので?」
「ああ、良いよ、お腹を壊すほどヤワじゃ無い。」
さすが野生動物? もしくは化け猫だ。
水の入ったカップを差し出すと、猫は両手で抱えるように持った。
片手では持てないようだ、指が短いからな。
「何か失礼な事を考えてなかったか?」
「滅相もゴザイマセン!」
危ない、感の良い猫だ、いや、猫様だ!
「所で、先ほど何かしようとしていたのでは無かったのか?」
先ほど?そうだ、タバコを吸おうとしていたのだ。
ついでに焚き火もしたい、月明かりに照らされてはいるが、辺りは暗く、肌寒い。
「焚き火をしようと思ってました。火を着けても構いませんか?」
「おお、構わんよ!寒いからな、ぜひ当たらせてくれ!」
お許しが出たので、早速ストーブを準備しよう。
まだ残っていた薪を入れて、火口をバラして上に置く。
そしてファイヤースチールをスクレーパーで擦ろうとした時。
「何だ?それは?」
どうやら猫様の興味を引いたようだ。
「火を熾す道具です、火打ち石みたいな物ですかね。」
「ほう!それで火が着くのか!」
ワクワクが止まらない様子の猫様。
好奇心旺盛ですな!こっち見てないで早く水飲みなよ。
あ、飲んだ!ピチャピチャじゃ無くてゴクゴクかよ! スゲーな化け猫、流し込みかよ!
「行きますよー。」
火口に押し当てるように火花を飛ばす。
一瞬だけ辺りが明るくなる。
「ブフォ!」
咽せる猫様!
「大丈夫ですか?」
「ゲホッ、平気だ!」
どうやら大丈夫のようだ。
火種に息を吹きかけて枝を足す。
もう放っておいても問題ない。
「その火打ち石は凄いな!バシュッと光ってフーフーしてボーだったな~。」
猫様!擬音だらけですな!可愛いですぞ!
実家で飼ってた猫を思い出したよ。
「儂の知ってる物は、もっとカチカチやって小さい火がちょこっと出て、フーフーして、煙がもわっとして、それからボーだったのに!
最近の火打ち石は凄いなー。」
興奮気味の猫様、それより儂なんですね。
こんなに喜んでくれるならライター忘れて来てよかったかも。
「さあ、どうぞ近くに。」
火が落ち着いて煙も出なくなったので、風上の
方を手で示して猫様を促す。
「ありがとう!」
嬉しそうに座る猫様。正座なんですね。
そしてやっぱり猫背だ。
そして、次はタバコだ。
「タバコを吸っても良いでしょうか?」
同席している人?がいるのだ、一応確認しておかないとな。
喫煙者のマナーだ。
「おお、構わんよ。」
では遠慮なく。
ストーブの火にタバコの先端を近づけて火をつける。
一服して煙を猫様に当たらないように吹く。
「お前、よく知ってるな。」
何の事でございましょう?
「我々にはタバコの煙は良くないんだ。」
知ってます。有害物質ですもんね。
「不浄だからな。」
そうだったの?
「一度口に入れた物を出すなんて」
え、猫って吐いた物食うよね?
「ウンコと同じだからな。」
何か今までスイマセン。
「して、お前、こんな所で何してるんだ?」
きたよ、質問コーナー。
おそらく普通の猫もこんな風に(ねーねー、何してるのー、遊んで~、見て見て、ね~ね~)って感じで寄って来るのだろう。
「実は嫌な事がありまして、気分転換に野宿をしにやって来たのですが。」
「ふんふん、野宿な。で?」
話を続けるように促す猫様。
仕方ない一から全部話すとしよう。
「という訳でして。」
«これまでのあらすじ»
みたいな話をさせられました。
猫様聴き上手ですな。
「話はわかった。 しかし、お前のやっている事はただの逃げだぞ。」
はい、重々承知しております。
しかし、ストレスに押し潰されそうで自由になりたかったのですよ。
「今後はどうするのか決まっているのか?」
「いいえ、もう、どうしたら良いのやら。」
ホント、どうしたら良いのでしょうか。
帰っておとなしく怒られて、いつ休めるのか解らない重労働を続けるのか。
それともこのまま遠くに行ってしまうのが良いのか。
うなだれてしまう俺、36歳のナイスガイ。
「しょうの無い奴だな。」
申し訳ゴザイマセン。
「じゃあ儂が助けてやろうか?」
今なんと?
ガバっと頭を上げ、猫様を見つめる。
やはり猫顔だが、その顔はにこやかだ。
「なに、ただの気まぐれさ。 今から儂の預かる技を使う、お前は動かずにジッとしておけば良い。」
はあ、何をなさろうとしているのでしょうか。
痛い事だったら嫌だなぁ。
「1回しか出来んからな!」
そう言うと猫様は背伸びをして、何やら神妙な顔をしてこちらを見た。
「汝、迷いし者。」
ちょっと待って!何するのか説明してくださいよ。
「我が技を持って今1度。」
痛い事しないで下さいよ?
「戻るがよい。」
猫様?ちょっと!
俺の記憶はここで1度途切れる。
目を覚ますととんでも無い事になっていた。




