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第二回【戦国渡世/食客三千】『孟嘗君・田文と食客・馮驩』

 昨今は漫画『キングダム』のヒットで注目を集めている春秋戦国時代(東周時代)。

 『矛盾』や『蛇足』などの故事成語が数多く生まれ、儒学や兵学、老荘思想など現代に通じる中国文化の基礎が形作られた、中国史において極めて重要な時代でもあります。

 今回は、この時代において国家をも動かす存在であった『食客しょっかく』についての逸話を紹介したいと思います。


 剣さん剣さん

 お腰に提げた剣さん

 そろそろお屋敷出ましょうか~♪

 帰りましょ帰りましょ

 ここでは魚も食べられぬ

 そろそろお屋敷出ましょうね~♪


「何の歌だ、これは?」

 屋敷の隅から聴こえてくる奇妙な歌に眉をひそめたのは、斉の王族・孟嘗君もうしょうくんこと田文でした。


「先日、屋敷にいらして食客となられた馮驩ふうかん様です。今の部屋の食事が不満なのでしょう」

 使用人がそう答えると田文はため息をつきながら言いました。

「では一つ上の部屋に住まわせてやれ」

 田文は三千の食客――居候を抱える身です。

 本来ならば、こんなことには構っていられません。


 しかしながら、食客が待遇に不満を漏らすようでは自らの器量が小さいと思われかねません。

 田文の計らいで馮驩は宿舎を移され、出される食事も上等なものになりました。

 それから数日後、田文が日々の雑事で図々しい食客のことを忘れかけていた時のことでした。


 剣さん剣さん

 お腰に提げた剣さん

 そろそろお屋敷出ましょうか~♪

 帰りましょ帰りましょ

 お出かけするにも車がない

 そろそろお屋敷出ましょうね~♪


 聴こえてきたのは、あの歌声。

「また馮先生か」

 田文は頭を抱えました。

 よい宿舎に住まわせてやっているのに、それでも不満だというのですから。


「よかろう。上級宿舎を用意して住まわせよ」

 こうして馮驩は上級宿舎に住むことが許され、外出用の馬車も与えられました。

 あの贅沢者も、これで満足するだろう。そう考えた田文でしたが……


 剣さん剣さん

 お腰に提げた剣さん

 そろそろお屋敷出ましょうか~♪

 帰りましょ帰りましょ

 お家もなけりゃ嫁もない

 そろそろお屋敷出ましょうね~♪


 田文は頭を抱えながら、馮驩が屋敷に現れた時のことを思い出しました。

「それがし、特に自慢できるものはございません」

 恥じらいもなく、言い切る様はまさに厚顔無恥でした。

 食客であれば学であり武術であり、何らかの特技を売り込むのが当然です。

 しかし馮驩は取り繕う素振りも見せず自身を食客として養うよう申し出たのでした。これまでに、そんな男は見たことがありませんでした。


 馮驩のことが気にかかった田文は、彼にこう尋ねました。 

「馮先生にお伺いするが、ご両親はご健在か?」

「老いた母がおります」

 田文は早速、馮驩の実家に使いを出し、彼の母が生活に困らぬよう財産を贈りました。

 それ以降、馮驩が妙な歌を唄うことはありませんでした。


 ちょうどその頃、田文の屋敷では一つの問題が明るみに出ていました。

「このままでは財政が立ち行かなくなります。領民に貸し付けた金も返済が滞り、回収しきれていません。早く返済するよう督促せねば」

 ただでさえ三千の食客を抱える身、台所事情は逼迫していました。


「借金返済の督促に向かうよう馮先生に頼んではいかがでしょう。あれだけ口が達者なのですから、役に立つかも知れませぬ」

「なるほど。では馮先生に任せるとしよう」

 かくして田文に督促係を任せられた馮驩でしたが、その期待を見事に裏切ったのでした。

「取立てた金で借主達に飲み食いをさせ、一部の者に対しては債務を帳消しといたしました」


「何故、そんなことを!」

 詰問する田文に馮驩は言葉を続けました。

「返済できる者から取立てることは可能ですが、返済できぬ者からは何をどうやっても取立てることはできませぬ。それでも返済を迫れば借主の逃亡を招くばかりでなく、『無慈悲な領主だ』という評判が広がってしまうでしょう」

「もうよい。先生、ご苦労様でございました」


 田文は渋々、馮驩の言葉を受け入れました。

 馮驩の言い分には筋が通っているからです。

 それが間違いではなかったことは、それから間もなく実証されました。

「斉に慈悲深き領主、田文あり」

 その名声は斉国のみならず、近隣諸国へも広まるほどでした。


 馮驩はその後も持ち前の機転を活かし幾度となく田文を助けるのですが、それはまた別のお話。

食客・馮驩の名は戦国策では『馮諼ふうけん』となっており、彼にまつわるエピソードも『史記』とは若干の相違があります。

今回は『史記』『戦国策』両方の記述を参考に内容を構成しました。

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