第十三回【政談温故知新】『牛首を懸けて馬肉を売る』
令和5年8月24日。
東京電力福島第一原子力発電所に貯蔵されているALPS処理水の海洋放出が始まりました。
ALPS処理水とは、福島第一原子力発電所の建屋内にある放射性物質を含む水を、ALPS(多核種除去設備……Advanced Liquid Processing System)等によりトリチウム以外の放射性物質を環境放出の際の規制基準を満たすまで浄化した水のことです。
水に含まれるトリチウムについても、安全基準を満たすよう処分前に海水で薄めており、国際原子力機関(IAEA)は処理水の海洋放出について科学的な見地から「人および環境への放射線の影響は無視できる」と結論づけ、安全を保障しています。
しかし、処理水の海洋放出について中国と北朝鮮、ロシアは強硬に反発。
処理水放出の翌日に国連の安全保障理事会が開催した北朝鮮の軍事偵察衛星打ち上げに関する会合で、北朝鮮大使が議題と関係のない本件を持ち出して「人道に反する凶悪な犯罪」と日本を攻撃し、中国代表もこれに同調しました。
これに対し日本の石兼国連大使は「科学的根拠のない言い分は受け入れられない」と反論し、激しい応酬が繰り広げられました。
また、福島県内の店舗をはじめ日本の各施設には中国本土からの迷惑電話が殺到し、8月27日現在で深刻な業務妨害が発生しています。
加えて中国の日本人学校へは投石などの嫌がらせが行われ、これらの犯行の一部は組織的なものである可能性が濃厚です。
福島第一原発からの処理水に含まれるトリチウム濃度は中国の原発が放出するそれを遥かに下回っていますが、中国政府はこの事実を無視して一方的に日本を攻撃しています。
中国政府の対応は「牛首を懸けて馬肉を売る」の故事を思い起こさせるものです。
春秋時代、斉の霊公は後宮の女達に男装させては喜んでいました。
霊公のお遊びに影響され、国内では婦人の男装が大流行、大いに風紀が乱れます。
あまりの事態に慌てた霊公は婦人の男装を禁止する布告を出しました。
「今後、女子でありながら男装する者はその服を裂き帯を断ち切る!」
この布告が実施されても、男装ブームは一向に止みませんでした。
それもそのはず、国内にこの布告を出す一方で霊公は後宮での男装はそのまま続けていたのです。
困った霊公は宰相の晏嬰に尋ねました。
「男装禁止の布告を出し罰則を実行しているにもかかわらず、女達が男装を止めないのは何故か?」
晏嬰は答えました。
「我が君は後宮ではご自身の楽しみとして男装を許し、後宮の外では禁じておいででしょう。例えるならば、肉屋が牛の頭を掲げて実際には馬肉を売っているようなものではないですか。まずはご自身がお止めになりませんと示しがつきません」
霊公はようやく納得しました。
霊公が後宮での男装を止めさせたところ、ひと月足らずで男装女子は国内から姿を消しました。
人に何かを求めるには、自身の行いが伴わねばならないという好例です。
これと同様の諺として『羊頭狗肉』が現代では一般的ですが、そちらは宋代に編集された『無門関』に記載されたもので、霊公と晏嬰の故事の方が時代的には先です。
中国の原発からトリチウム濃度で福島第一原発を遥かに凌ぐ処理水が放出されていると知る中国人民がどれほどいるかは知りません。
一方で、来日する中国人観光客は処理水放出後も築地などで日本の海産物に舌鼓を打ち、香港では日本の回転寿司チェーンに行列ができています。
中国人民は果たして政府の欺瞞をいつまでも許容するものでしょうか。
(出展:『晏子春秋』内篇/雑篇/雑下)