第七章 壮介、走る
広田からメールが届いた。
今日、足のギブスが取れたのだそうだ。ということは、今日佐野クリニックへ行ったようだが、俺たちとは入れ違いになったみたいだ。
そして広田からのメールは、それだけではなかった。その時にクリニックであった、「あること」について書かれていた。
『待合室で順番を待っていたら、急に文子さんがやってきて、乱暴なカンジで待合のTVを消しちゃったんです。何だかイライラしているみたいで、ちょっと怖かったです』
内容だけみれば、だから何だというもの。俺は広田に、それがどうしたのかと返信をした。
メールを打ち終わった後、俺は今日の講義で出された課題に目を通そうと思い、カバンを開けた。
最初に目に飛び込んできたのは、例の書類であった。
「しかし、これホントに文子さんが落としたんかいね……」
俺はカバンから書類を取り出し、改めて目を通してみた。それはどこかの病院についての資料。
一通り目を通したところで、ケータイが鳴った。広田からのメールであった。
『いや、私にもよく判らないです。因みにその時やっていたのは、先週先輩と一緒に行った時流れていた番組の、タミヤさんが出ているコーナーでした』
大学病院の教授が出ている番組のことね。ていうか、タミヤさんじゃねーよ!
その後、俺は広田の話に、テキトーな返事(というか突っ込み)を送りながら、書類を眺めていた。
そして、その中の一枚、どこかの病院の院内案内図と思われるものに目がとまった。それはとても細かいレイアウトで、全てに目を通していると、思わず目元を押さえてしまいそうになるものなのだったが、その中にある名前を見つけた。
「財部……」
案内図の、ある部屋の並びには、番号とその部屋の主の名前が表記されていた。この辺りはおそらくセンセイ方の研究室か何かなのだろう。
そういえば、広田の言っている「タミヤさん」て……。
俺は広田に電話をかけた。程なくして、電子音は広田の声に変わった。
「なあ広田。一つ確認したいことがあるんだけど」
俺が確認したかったこと。
それは、「タミヤさん」の本名は財部だということ。
そして、件の番組に、財部が出演していたのかということ。
広田の答えは両方とも「Yes」だった。
ホントに「Yes」って言った。何故、英語……?
翌日、俺は昼休みにとっつぁんの部屋を訪れた。
アポなしの訪問に、とっつぁんは少し驚いていたが、そこはとっつぁん。いつものように湿った煎餅を取り出し、迎えてくれた。
「で、今日は何の用事だ?」
椅子に座り落ち着いたところで、俺は今日ここへやってきた用件を伝えた。
「例の事件についてです」
俺の言葉にとっつぁんは少々目を丸くしていた。まだそんなことに首を突っ込んでいるのかというカンジであった。
「十五年前の事件、自分なりに色々と調べてみました。その中で、一点不思議に思うことがありました。この事件、第一報が何故食中毒だったのかということ」
俺の言葉に、とっつぁんは目をカッと見開いた。これはとっつぁんが、何か考えごとをしている時の仕草である。
しばらくの沈黙があって、とっつぁんは口を開いた。
「私も当時のことはうろ覚えなのだが、確かそもそもの第一報は翌朝のTVニュースだった。その時は集団食中毒という報道がなされていたのだが、それが夕方になって毒物混入に変わっていたな」
とっつぁんはもじゃもじゃの頭をポリポリと掻きながら、当時のことを思い出していた。
「それで、その時どういう発表がなされていたのですか?」
「どういう発表? ……最初は保健所と病院が出ていたな」
病院……その病院とは?
「その病院って、藤野川の大学病院ですか?」
俺の質問に、とっつぁんは頷いた。
「今はそうでもないが、十五年前にこの辺で大きな病院といえば、あそこくらいだったからな」
とっつぁんは当時を振り返り、そう答えた。
「ということは、後になって、食中毒を毒物混入としたのも……」
「ああ、大学病院だ」
俺が言い終わる前に、とっつぁんが答えた。
そうか……、
見えてきたぞ。病院爆破事件の隠された意味、そして犯人の狙いが。
とっつぁんは立ち上がり、本棚から一冊の雑誌を取り出し、俺に手渡した。
それは以前とっつぁんに見せてもらった、十五年前の事件について書かれた記事が掲載されている、当時の雑誌であった。
「それ、貸します。貴重なものだから、決して汚さないように」
「あ、すみません。ありがとうございます」
俺もこの雑誌、もう一度目を通しておきたかった。もう一度事件当時のことを確認しておきたい。
そしてそろそろ昼休みが終わりに差し掛かってきたので、俺はとっつぁんに礼を言い、研究室を後にした。
研究室を出る直前、俺はふと「あること」を思い出し、とっつぁんに訊ねてみた。
「そういえば、前に白川十未子の旦那とちょっとした縁があるって言ってたけど、それってどんな縁だったのですか?」
俺としては軽い気持ちで訊ねてのだが、とっつぁんはというと、またしても目をカッと見開いたが、今度は視線を落とし、押し黙ってしまった。
そしてとっつぁんの口が開いたのは、午後の講義開始五分前のことであった。
そして、午後の講義が開始された。
しかし俺は講義には出ず、「あること」について調べるため、大学の図書館と市立図書館を行ったり来たりしていた。
途中、瑞希からメールが届いたが、俺の居場所については答えず、代返だけ頼んでおいた。瑞希にしてみれば、訳が判らないであろう。
そして日が暮れる頃、それまで俺が調べてきたことを積み重ね、練り上げて、一つの仮説を導き出した。
ただ、この仮説を証明するためには、「ある人物」に行動を起こしてもらわなければならない。
その「ある人物」というのは、勿論大学病院爆破事件の犯人。
こればっかりは、犯人が動いてもらわなければ話にならないので、ひたすら待つしかなかった。
そして、俺が仮説を導き出してから二日後、遂に犯人が動いた。
白川の元に、再び脅迫状を送りつけてきたのだ。内容は以前に送られたものと、ほぼ同じ。
一つ違ったのは、「二、三日中に」と、以前よりも具体的な期日を決めてきたこと。
報道陣は白川にべったりと張り付いている。前回と打って変わり、白川はTVカメラの前に顔を出してこなかった。
今回、犯人は確実に行動を起こす。
そして今回で、ケリがつく。つけてみせる!