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第五章  爆破、ふたたび

 翌日。

 この日のワイドショーも、トップニュースで白川十未子の顔をデカデカと映し出していた。

 しかしその内容は、昨日のものと少し違っていた。

 昨日は爆破事件の現場に、「あの」白川が居合わせ、爆破は「自分を狙ったものだ」と主張。

 そして今日は、その白川の元に一通の手紙が届いたからであった。

 その手紙には、こう書かれてあった。


「罪深き 偽善者に 裁きが くだる」


 書かれてあった、というのは少し語弊がある。この手紙、一枚の紙に、新聞か雑誌から切り抜いた文字を貼り付けて作られたものなのだから。

 TVの向こう側にいる白川は、昨日以上にヒステリックな様子でまくしたてている。正直、TVで放送できるギリギリの映像だと思う……。

「じゃあ、あの爆弾って、やっぱりこの人を狙ったものだったのかな?」

 俺と瑞希の状況は昨日と同じ。サークルの活動室で昼食をとりながら、先輩たちとTVを囲んでいる。

「さあな。どっかのアホが、悪戯でポストに入れたのかもよ」

 お昼のワイドショーによると、この手紙は今朝ポストに入っていたのを、白川が発見したとのこと。差出人は不明で切手も消印もない。つまり誰かが白川宅の郵便ポストに、直接投函したということになる。

 ただの悪戯だったら、これをやった人物はとんでもない暇人だと思う。しかも状況が状況だけに、とても笑えない悪戯だ。

「どっちにしろタチが悪いな。あの爆破事件、確かに死人は出なかったけど、けっこう重い怪我をした人もいるんだから」

 正直、ヘドが出る思いだ。こんなカンジじゃ、せっかくの昼食の味が台無しだ。

「ったく、新製品のパンだってのに。味がマズくなっちまうぜ」

 すると瑞希は何も言わず、俺にペットボトルの水を差し出してきた。

「それはTVのせいじゃないと思う。だからやめようって言ったのに。味噌メロンパンなんて買うの……」

 この活動室へ来る前、俺はいつものようにパンと水を購入するため、売店を訪れていた。

 すると売店の一番目立つ所に「魅惑の新製品」として、このパンが陳列されていた。

 売店を訪れた人間の殆んどが、その存在を目の当たりし、引いていた……。

 俺も最初は引いていた。しかし売店のオバチャンの、あの自身に満ち溢れた表情を見て、「ひょっとして……」と感じるものがあり、一つ購入したのだった。

 そして、その味は……、

 決して不味くはない。ただ、様々な風味が口の中でくんずほぐれつ。

 不味いというより、異次元的で不思議な味であった。

 というか既に「メロンパン」ではなかった。


「何か、見覚えのある所だな」

 先輩の一人が俺と瑞希の間からTVを覗き込んでいた。

 今TVに映し出されている映像、それは白川がどこかの住宅街でマスコミに囲まれているシーンなのだが、先輩は白川本人よりも、周囲の風景に目がいっているようだ。

「これって、藤野神社だろ? ということは……北川あたりかな?」

 先輩は画面に映り込んでいる鳥居を指差した。北川というのは藤野川市の町名なのだが、この地域出身ではない俺には、町名だけ聞いてもその風景は浮かんではこない。それは瑞希も同様で、どの辺りなのかよく判らないという表情であった。

「とにかく、戻ってきていたんですね。藤野川に」

 瑞希がそう呟いた。画面の端っこには「白川十未子さん宅前」というテロップが入っていた。

 そういえば、以前俺が見た情報に、白川は度重なる嫌がらせにより引っ越し、元々住んでいた家は取り壊され、現在は空き地になっていると記されていた。

 白川は藤野川を離れ、別の地域でひっそりと暮らしているとされていのだが、最近になって、再び藤野川へ戻ってきたのでは? というのが先輩の見解であった。

 確かに、爆破事件の際大学病院にいたのだから、この周辺に住んでいることは容易に推測できる。しかし、いくら以前住んでいた中野地区から距離があるとはいえ、本人にとって曰くのある藤野川に住んでいたことは、ちょっと意外であった。

「しかし何でまた藤野川に……」

「さあな。ただ、嫌がらせがひどくなって中野地区から出て行った時、あれって殆んど夜逃げみたいなもので、それから白川がどこへ行ったのか全然判らずじまいだったんだ。案外、ずっと藤野川にいたのかもな」

 先輩は苦笑いを作り、次の講義の準備があるからと、活動室を出て行った。

 その後、俺と瑞希は無言で並び、TVを観ていた。

 ふと瑞希が俺の方を向いた。俺の顔をじっと見つめている。

「ねえ、壮介君」

「ん、何だ?」

 顔は動かさず、視線だけを瑞希の方へ向けた。

「今、壮介君が考えていること、当ててあげようか?」

 瑞希の問いに俺も乗っかってみることにする。俺は無言で頷いた。

「この白川さんの所へ行ってみよう! でしょ?」

 …………

 某クイズ番組のように、答えを溜めに溜めて、

「……正解!」

 俺のことが何でも判る、瑞希が凄いのか。それとも、考えていることがすぐ顔に出る俺がダメなのか。

 どちらにしても、俺たち二人の間でしかできない芸当だ。

「よく判ったな瑞希。よし正解した豪華商品として、」

「いらないよ、ポン酢メロンパンなんか」

 瑞希の言葉に、パンの入った袋へ伸ばそうとしていた俺の手が止まった。

「もう、いらないなら買わなきゃいいのに」

 スミマセン。ウケ狙いのため、味噌メロンパンの横に並んでいた、見た目と匂いがかなりショッキングなパンも買ってしまいました。

 岡本瑞希。さすがは俺のカノジョ。俺の考えていることは全てお見通しのようである。


 全講義終了後、俺と瑞希は藤野川市の北川地区へと向かった。

 凡その場所は大学から自転車を走らせて三十分程。隣の市といっても、羽音市も藤野川市も規模の大きな自治体ではないので、自転車でも悠々と周ることができる。

 正確な場所は俺も瑞希もよく判らなかったが、先輩から近辺にあるという藤野神社までの行き方を教えてもらった。

 俺たちは何度か自転車を停め、先輩に教えてもらった住所を確認した。頼りは電柱や民家に張られている番地だ。また通行人に藤野神社までの道のりを訊ねたりもした。

 そんなこんなで、道の向こうに、藤野神社らしき鳥居が見えてきた。

「あ、壮介君、あそこ」

 藤野神社の鳥居前へ来た時、瑞希が指を差した。

 その先には、閑静な住宅街には不自然な人だかりができていた。

「あそこだな」

 俺たちは自転車を降り、人だかりの方へと向かった。

 人だかりはある古い民家の周りにできていた。表札は上がっていないが、ここが白川の自宅なのは間違いないようであった。

 周囲の人間を見ると、カメラや腕に腕章を付けた記者たちの他、野次馬らしき人々も数多く見られた。

「ったく、暇人かよ」

「壮介君、私たちも同じだから」

 ……スミマセン、そうでした。

「ところで、白川のオバチャンは今何してるんだろ?」

 俺は野次馬らしき人たちに、状況を確認してみることにした。

 例の手紙が届いたということで、TVカメラの前でまくし立てていたのは今日の午前。それからは自宅から一歩も出てきていないそうである。報道関係の記者はずっと家の前で張り付いているようだが、その他の野次馬は少しの時間立ち止まるくらいのようであった。

 つまり、ずっとここで待っていれば、いつかは白川の姿を拝めるであろうが、それはいつかは判らないということ。

 できればその顔を拝みたいが、俺も瑞希も、ここにずっと張り付いて待っているほど必死ではない。

「行こうか」

 現在の状況を確認した俺は、瑞希の一言で、その場を離れようとした。

 その時、

「おう、こんな所で何してるんだ?」

 一台の原付が俺たちの方へ近付いてきた。錆だらけの汚いヘルメットに、何故か着ている白衣。とっつぁんである。

「いやあ、あれですよ」

 俺は集まっている野次馬の方を指差した。

「ふーん、暇だね君たちも」

 俺が指差した先を見て、とっつぁんは俺たちが何故ここにいるのか理解したようで、苦笑いを浮かべていた。

「でもずっとここで待っているほど物好きじゃないんで。俺たちもう行きますよ」

 俺は瑞希に合図して、自転車に跨った。

「そうか……。しかし、」

 とっつぁんは再び白川宅前の人だかりに視線を送っていた。

「十五年前の事件の時も、こんなだったな。白川十未子という人も、人生の半分を世間監視され続けていた。そう思えば、少々気の毒ではあるな」

 とっつぁんにしては珍しく、シリアスな表情をしていた。俺は十五年前の事件をリアルタイムでは知らないから、白川の半生というものに感情移入は出来難い。しかしとっつぁんは事件をリアルタイムで知っているし、また白川とは同年代。思うところのひとつでもあって、おかしいことはないと思う。

「それじゃ、俺たちはこれで」

「ああ、はい。私もそろそろ行きます。娘のお迎えに行かなくてはならないので」

 とっつぁんはそう言い残し、原付のエンジンをかけ、白衣をたなびかせ颯爽と走り去っていった。

 それを見送った俺たちも、自転車のペダルに足をかけ、白川宅前を離れた。


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