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『探偵は読者に明かしていない手がかりで事件を解決してはならない』

「密室を解くもう一つの可能性。それは、第一発見者である松生さん、あなただけです」


 高橋刑事がそう指摘すると、全員の視線が、椅子に座って話に耳を傾けていた松生に注がれる。見張りの刑事もこの仮説には興味を引かれたらしく、先程までとはうってかわって、鋭い目付きで一同の表情を窺っていた。ようやくまともな推理になったか、と言わんばかりに。


「ええええ……ちょっとちょっと、何? どういうこと?」

 松生は声を荒げる。しかし、第一発見者を疑うこと自体は基本中の基本なので、ある意味では致し方ないところだ。損な役回りで気の毒だが、実のところ、ミステリでは第一発見者がそのまま犯人というケースは少ない。


「我々がおおむらさんの部屋に集まるより以前に足を踏み入れたのが松生さんだけであるとしたら、そう考える他ありません。たとえば、犯人が外からの侵入者で、松生さんが窓の鍵を閉めたと仮定してみましょう。しかし、松生さんにはそれを庇う理由がない。そして、もしこれが松生さん自身を含むバンドメンバーの誰かによる犯行だとすれば、むしろ鍵を開けて外部の犯行に見せかけたほうがいい。松生さんが鍵を閉める理由はありませんね。でも、あの部屋が完全な密室だったとすれば、尚更犯行が可能なのは松生さん以外に有り得なくなる。つまり……」

 高橋刑事はここで一度言葉を切る。言わんとすることは俺にも大体予想がついたが、それを口にすることに一瞬躊躇いがあったのだろう。彼は意を決したように声のトーンを一段低くした。

「つまり、瀬名君の目の前でおおむらさんの部屋に入り、おおむらさんの後頭部を殴ったのち、悲鳴を上げる。これしかありません」


 すると、松生は激昂して椅子から立ち上がった。

「そんな……そんなの無茶苦茶よ! 私が見つけてなかったら、けいくんは明日の朝まであのままだったかもしれないのよ? そのまま死んじゃってたかもしれないのに……」

 早口でまくしたてる彼の声は、引きつるあまりに、ところどころ裏返っていた。


 確かに松生の言うとおりだ。おおむらの殺害が目的であれば、殴ってすぐに悲鳴を上げて救急車を呼んでしまったら台無しである。仮に、目的が殺害ではなく、何らかの意図によって彼に負傷を負わせることであったとしても、わざわざ今日この状況で実行する理由がない。その気があるなら、彼はもっと計画的に事を運ぶのではないか。同じバンドのメンバーである彼には、そのチャンスがいくらでもあるのだ。


 このように、松生犯人説には色々と辻褄が合わない点が多い。しかし、現実的な可能性がそれしかないのだから、彼を犯人と考えざるを得ないのだろう。だが、明らかに無実の人間が疑われるのは見るに忍びない。俺は、唯一の証人としての責務を果たすことにした。


「松生さんは犯人じゃないと思いますよ」

 松生に集められていた視線が、今度は俺に集中する。目立つことが苦手な俺には、こんなに重要な証人の役は荷が重すぎる。なんとかならないものだろうか。

「松生さんがおおむらさんの部屋に入ったとき、扉は開かれたままでした。もし彼がおおむらさんの後頭部を殴打したのなら、何らかの物音がするはずですが、実際には静かなものでしたよ。それに、彼が部屋に入ってから悲鳴を上げて飛び出してくるまで十秒ほどしかなかった。殴って凶器から指紋を拭き取るような時間はありません」


 場が静まりかえっていたのは数秒のことだった。最初に口を開いたのは松生だ。

「そそ、そうよ! 私は部屋に入って、電気をつけて、悲鳴を上げただけなの! あ、瀬名君っていったかしら、ありがとうね、なんてお礼を言ったらいいか……」

 ずっと立ったままだった松生は、足早にこちらへ駆け寄ってきた。今にも抱き付かんばかりの勢いだったが、生憎俺にはそちらの趣味はない。

「いえ、俺は本当のことを言っただけですから」

 と、軽く身を引きながらやんわりと拒絶しておいた。


「そうか……そうだよな……松生さん、疑ってすみません……」

 高橋刑事はがっくりと項垂れながら、倒れ込むように椅子に沈んだ。

 松生を疑った彼のロジックが間違っていたわけではないが、事実、松生は犯人ではなかった。だが、自分が愛するバンドのメンバーに疑いをかけてしまった彼の心痛は察するに余りある。


 しかし、客観的に見れば彼もまた容疑者の一人。刑事であり、また探偵役であるという理由だけで、彼一人が容疑を免れるのは不公平だと思う。彼に密室トリックをすり抜けられる可能性がある以上は……。


 俺は、落胆する高橋刑事に鞭打つような一言を放つ。

「あの……もし俺の目によって密室が成立しているというのなら、高橋刑事には犯行が可能だと思うのですが……」

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