『犯人は物語の序盤で登場している人物でなければならない』
「瀬名君……君が言っていることが本当だとすると、犯人は君でしか有り得ないんだよ」
とある民家の応接間。木製の丸テーブルを囲むように配置された柔らかい座椅子の一つに、俺は座っている。
髪をオールバックになでつけた童顔の刑事が、俺の顔を覗き込んできた。ついさっきまで浴衣姿だったのに、いつの間にかスーツに着替えたらしい。たしか、高橋と名乗っていたような気がする。警視庁のエリートだ、と彼は言うが、幼い顔立ちのせいか、その一挙手一投足が全てままごとのように滑稽に見えた。
部屋中の視線が一斉に俺に集まる。視界の片隅で、壁と柱に寄りかかった所轄の刑事が数人、不機嫌そうな顔を並べていた。彼らはこの事件を担当している刑事たちで、この童顔の若い刑事に現場を仕切られている、という状況に対する不満を隠そうともしない。
「瞬さん、本当に何も見てないんすか? 何か、こう、見落としとか、うたた寝しちゃってたとか、本に熱中してたとか……」
左隣の座椅子に座った端正な顔立ちの青年が、心配そうな表情で言った。青年、なんてよそよそしい表現を用いるのがためらわれるほど、俺は彼のことをよく知っている。
彼の名前は京谷鮫太郎。俺の幼馴染の弟で、年は学年で言えば三つ下。ガキの頃から、かれこれもう十年以上の付き合いになる。今この場にいる唯一の味方と言ってもいいだろう。シャワーを浴びるまではアシメの洒落た髪型にしていたが、今は少し寝癖がついている。部屋に備え付けの浴衣一枚を下着の上に羽織っており、見ているこちらが寒くなってきそうだ。
テーブルを囲む座椅子は合わせて六つ、そこに座を占めているのは、俺と鮫ちゃん(鮫太郎のことだ)以外に三人。いずれも、「メトロポリタン・ヴァンガード」というロックバンドのメンバーだ。
向かって左手、鮫ちゃんの隣に座っているのが、リーダーでヴォーカルの松生テンガ。中途半端に伸びたぼさぼさの黒髪が、どことなくオタクっぽさを漂わせている。公表していないらしいが、ゴリラのようなむさ苦しい顔立ちに似合わず、彼は、所謂オネエキャラである。
俺の右隣の椅子に深く座っているのはギターの世々仁。リーダーの松生とはうってかわって眉目秀麗、黒髪を胸のあたりまで長く伸ばしているため、とても中性的な印象を受ける。それでいて彼の方はノンケだというのだから、世の中はわからない。
そして、正面の椅子に沈んで脚を組んでいるのが、メインヴォーカルの葉政京子。ステージ衣装である真紅のワンピースに身を包み、大きな瞳で射貫くような視線をこちらに投げかけてくる。腰まで届きそうな艶のある黒髪と、無機的な印象さえ受ける白い肌。しかし、その黒い瞳から放たれる威圧感が、人形のような容姿に強烈な生気を漲らせている。メイクは既に落としていたが、ラフなスウェット姿の松生や世々とは違って、葉政だけは、まるでたった今ステージから降りたばかりのように美しかった。
時刻は午前三時。我々五人、そして高橋刑事は皆、都内の外れにある小さな民宿『やすらぎ』の宿泊客だ。そして、『メトロポリタン・ヴァンガード』のメンバーの一人、キーボードのおおむらけいが、この民宿の自分の部屋で、何者かに襲撃されたらしい事件の重要参考人としてこの場に集められている。そう、客観的に見れば、高橋刑事も容疑者の一人なのだ。
さらに奇遇なことに、俺と鮫ちゃんと高橋刑事は、ほんの数時間前まで、観客として『メトロポリタン・ヴァンガード』のライブ会場にいたのである。
さて、早速この事件について推理小説的な解説を試みるべきだろうか?
否、何事にも順序というものがある。
つい最近推理小説にハマり始めたばかりの俺が言うのは烏滸がましいけれど、優れたミステリには必ず優れたコンテクストがあるものだ。
少々回りくどく感じられるかもしれないが、何故俺がこのような状況に置かれているのか、時折鮫ちゃんにも協力を仰ぎながら、事の発端から順を追って説明していこうと思う。
所々にシリーズ過去作のネタが出てきますが、読まなくても本作を読み進める上では支障ありません。が、読んでいただければ作者が喜びます。
ちなみに、この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体、都市的で前衛的な某バンドとは一切関係ありません。
R-15は保険のためにつけたもので、特に性的及びグロテスクな描写はありません。