第3話 持たない者の持たない者への想い
突然脳内に押し寄せた感情が、意識を支配する。
カエリタイ。ドコヘ?カエリタイ。ナゼ?
カエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイ
『 おっと、ちょっと急すぎたかな。とりあえず落ち着かせなきゃ』
突如、混沌とした意識が溶け平常通りになっていく。
落ち着き出した意識の中に少女のような声が響いた。
『 話が進まなくなるから今まで抑えさせてもらってた感情を解き放ったのさ。ちょっと反動が大きかったみたいだけどね』
あぁ、僕は自分が願ったにも関わらず、この世界から元の世界へ帰りたいなどと思っていたのか。
血が繋がっているわけでもなく、愛情を注いでもらってもいない両親が恋しいとも思えない。
いじめられていたあの環境が良かったなんて有り得ない。
何回も何回もやり直したいなんて願って、それでも僕はあの世界を好んでいたんだ。
考えると少し馬鹿らしくなって、嘲笑に似た笑みを浮かべてしまう。
『 だいぶ落ち着いたみたいだから、今君たちが1番聞きたいことを教えて上げよう。君たちの世界に戻る方法をね』
『 汝願いを叶えるならば我らの敵を打ち砕け』
急に変わった彼女の口調は余りにも物々しく、彼女が神だという事実を突きつけられた僕達はその真意も問えなかった。
『 ってことでもうすぐ王国の使いが来るから頑張ってね。あと、あまり彼女をいじめちゃダメだよ』
また元の口調に戻った彼女は楽しそうに笑った。
ん?いじめる?ぼくは今何もされてない。それにあの神は彼女と言った。
なんのことだなんて考えていると、耳元で声が聞こえる。
「君は僕を呼んだ張本人だからね。いい事を教えてあげよう。まず、さっきの言葉は王家に伝わっている言葉だ。さすがに意味まで教えるほど僕は甘くないけどね。君はもしかしたら、本物を知ることが出来るかもしれない。なにせ僕が惹かれた面白い人間だ」
その声はさっきまでのような神々しさはなくても、紛れもない神の言葉だった。
「それと君の運、非常に面白い。こんなに測れないのも久しぶりだ。まぁ、その記号は塔に似てるからつけただけで深い意味なんて何もないんだけどね。あ、あと君がすぐ死んだらつまんないから蘇生の加護をつけてあげよう」
は?蘇生って生き返るってこと?
チートじゃん。いくらステータス低くても関係無いじゃん。
控えめに言ってぶっ壊れ性能じゃん。
僕は喜びに沸いた。
「じゃあ、頑張ってね。あと、生き返るの1回だけだから。今の君のステータスだと、この森を抜けるのにも5回は死ぬんじゃない?」
僕は悲しみに打ちひしがれた。
そんな残酷な言葉を残して、神様と名乗ったものはまた白い世界へと戻って言った。
「彼は、塔を目指すのかな。いや、それはちょっと期待しすぎか」
誰にも聞かれないその声は、少し楽しげに弾む。
いや、今更こんな事で僕は挫けないぞ。
大体、1回でも生き返るだけで充分便利だ。うん。
自分を納得させながら周りを見ると、相変わらずクラスの奴等が集まっていた。
なるべく気付かれないように、そっと近くまで行ってみる。
僕は、泣いている女子と回されているステータスの紙を見て状況を理解した。
玉村 春華
自ら戦わずして勝つもの
体力 50
筋力 40
魔力 0
運 50
スキル 半身契約
騎士への賛助
うわっ。僕よりステータスが低い人がいるなんて思わなかった。
話を聞くと、このスキルに関しては神様も知らないスキルだったらしい。
称号も他力本願をカッコよくしただけで、魔力は0。
挙句の果てスキルは意味不明なんて。
それでも、自分が置かれていた状況と今の彼女を重ねて、馬鹿らしい正義感のもと要らないことを口走ってしまった。
「か、彼女のスキルだって何かの役に立つかもしれないだろ。勝手に決めつけちゃ駄目だよ」
視線が明らかな敵意を持ってこちらに向けられる。
「あぁ?言うじゃねぇか牟。同情しちまったか?この世界じゃ力が全てなんだ。使えないやつを使えないと言って何が悪い?」
西条の口調がやたら荒くなっている。
ほかの連中もどうやらイライラしているようだ。まぁ、こんな状況で落ち着いていられるやつなどそうそういないだろう。
不意に西条が僕の紙を奪い取り、その顔が嫌な笑みに染まる。
「ぶっ、おいおいなんだよこのステータス。やけにかばうと思ったらお前も同類かよ」
紙はすぐにクラス全員の目に入る。
視線にこもっていた敵意が消え、やがて嘲笑へと変わる。
笑ってないのは、玉村さんと天風くらいだ。
「何このステータス、あんたも使えないゴミってわけ?使えないやつ2人も連れてくなんてキツ過ぎんだけど」
近藤 令奈、女子のリーダー格だ。彼女が僕に対して暴言を吐くと、おとなしそうな女子まであからさまに僕のことを笑い出す。
「そうだ。2人はキツいから、1人なら連れって行ってあげるよ。あんたのステータスもひどいけど、春華よりましだもんね」
玉村さんがヒッと息をのむ。
近藤は単純に面白がっているだけで、ここで僕が玉村さんを切り捨てたとしても、僕が置いて行かれる可能性はある。
ただ近藤の話し方はどこか本気で、だからこそ玉村さんは本気で怯えていた。
これは、今までのようないじめとは違う。なにせ上に立てるかどうかに、命がかかっているのだから。
ここで置いて行かれたら、生きていけないことなんてさっきの神様の言葉で分かっている。
そんなことを考えてなお、僕は態度を変えなかった。
もはやただの意地だ。
「僕のスキルも玉村さんのスキルも、使い道がわからないだけで強力かも知れないだろ?」
「あんたのスキルも説明してもらえなかったの?スキルが強力でも、使い方分かんなかったら意味無いじゃないの。だいたいあんたのスキルは何?春華のやつも意味不明だけど、あんたのはどう考えても戦闘で使えないでしょ。相手を魅了して動けなくでもするの?べつにあんたを置いてっても、、、」
急に黙って周りを見渡す近藤に声をかけようとして、ようやく僕も目の前の生物に気がつく。
ソレは、まるで品定めでもするように蒼い目でこちらを見ている。
白い毛並みに鋭い牙、元の世界でオオカミと呼ばれていたソレは僕が知っているより一回り大きく、鋭いという表現が似合う風貌だった。
そんな事を僕は考えていた。
突然ソレが僕に向かって飛びかかってくるまでは。