第1話 ゲーム開発合同プロジェクト
セミの鳴き声がどこか夏らしさを感じさせる7月中頃。
俺は、自分の勤めるゲーム会社の社長室に呼び出されていた。
コンコンッ
「社長、秋津信也です」
「うむ、入ってくれ」
右手で高級感のある木製の扉を開き、社長室の中へと入る。
中にはかなりの厚さがある資料に目を通す社長が椅子に座っていた。
「よく来てくれた。さあ、そこの椅子に座ってくれ」
「はい、失礼いたします」
俺は、緊張と暑さで汗ばんだ額をハンカチ拭き、椅子に腰を下ろす。
そして、正面の椅子に座る社長と向き合った。
「さて、早速君をこの場に呼んだ理由を話そうか」
「お願いします」
正直、社長室の中に入るまでは入社3ヶ月目にして昇進か?
手取り20万じゃ生活が苦しいし、少しでも給料が増えてくれるならそれに越したことはない。
などと甘いことを考えていた。
だが――
「秋津信也くん、明日から他会社とのゲーム開発合同プロジェクトに参加してもらえないだろうか?」
「はい?」
俺の予想の斜め上の答えが社長から返されてしまい、質問に質問で返すという失礼なブーメランを放ってしまった。
「もう一度言おう、後日他会社とのゲーム開発合同プロジェクトに参加してくれ」
「どういうことですか社長!? ゲーム開発合同プロジェクトへの参加って!?」
つい、声を荒げてしまった。
しかし、社長が言った言葉は声を荒げさせるほど、俺を驚かせるものだったのだ。
「落ち着きたまえ」
「いやいや、これが落ち着いていられますか! 入社3ヶ月で出向とか初めて聞きましたよ!?」
入社して数年とかならまだわかる。
だが、やっと仕事の内容を覚えてきた程度の入社3ヶ月の社員を他会社とのゲーム開発合同プロジェクトに参加させるだろうか?
いや、無い。
「ちゃんと新人である君を出向に選んだ理由はある」
「……それはなんでしょうか?」
「うむ、君は大学時代にPM(プロジェクトマネージャーの勉強をして資格も取っているだろ?」
「はい、そうですが……」
プロジェクトマネジャーとは、プロジェクトの計画・進行・管理を行う人のことだ。
俺は、大学時代にプロジェクトマネジャー、通称PMなどについて学び、合格率が10%ほどの国家資格も取っていた。
「今回、君に出向を依頼したのは他会社で行うゲーム開発合同プロジェクトのPMをしてもらいたいからなんだ。これは重要なプロジェクトでな、君のようにちゃんとPMの資格を持っている人にお願いしたいんだ」
「ですが、何度も言いますけど私は入社3ヶ月のしんじんです。いきなりそんな重要な仕事を任されても……」
「それにこれは君に経験を積ませるためでもあるんだ」
確かに、社長の言うとおり経験を積むことは大事だ。
それでも――
「自分には自信がありません」
いくら国家資格を持っていたとしても、いきなり重要な仕事を任されるのは……
「秋津くん、この仕事を引き受けてくれたら君の昇進を約束しよう」
「社長、それは本当ですか!?」
つい先ほどまで悩んでいたとは思えないほどの食いつきよう。
人間はなんと醜い生き物なんだ。
自分を見てそう感じてしまった。
まあ、仕方ないよね!
「本当だとも。私は嘘は言わん」
マジか。
これは答えは1つしかないな。
「是非とも自分にゲーム開発合同プロジェクトのPMをやらせてください!」
給料が1万円増えるだけでも喜ばれるこのご時世。
昇進が約束されるというならば仕事を引き受けない理由など無い!
脱オンボロアパートへの第一歩だ!
「……チョロいな」
「社長、今何か仰いましたか?」
今、社長が何かを言った気がするのだが……?
聞き間違いだろうか?
「いや、何も言っていないぞ」
「そうですよね。ハハッ、変なこと言ってすみません」
やっぱり俺の聞き間違いだったようだ。
そうさ、社長がチョロいなんて言うはずがない。
よし、話の続きを聞こう。
「それでは、仕事の内容と新しい住まいについての情報は後で送るとして……」
「ちょっと待ってください。新しい住まいとはなんのことですか?」
「ああ、そういえばまだ伝えてなかったね。今回のゲーム開発合同プロジェクトのメンバーは同じ場所で生活することになってるんだ。俗にゆうシェアハウスだな」
シェ、シェアハウス!?
「ちょっ!? 社長、その様な大事なことは早く言ってもらわないと!」
シェアハウスっていうとテレビとかでもやってる、色んな人と一緒に生活するアレだろ?
俺コミュ症だからシェアハウスはキツ……
「そうそう、家賃に電気代、水道代や光熱費、食費も無料だから安心してくれ」
「最高ですね! もう何も言うことはありません!」
合同プロジェクトのPMをやるだけでこの対偶……最高じゃないか!
生活費がほとんどタダになるのは本当に嬉しい。
貯金や遊びに金を回すことができる!
コミュ症とかどうでもいいわ。
どうせゲーム関係の仕事なんてやさぐれた男ばかりだからな。
仕事の話だけで充分だ。
ゲーム開発の場に可愛い女の子がいるのはアニメの世界だけ、これ重要。
「それじゃあ最後の確認になるが……本当にゲーム開発合同プロジェクトのPMを引き受けてくれるのだね?」
「はい! 秋津真也、ゲーム開発合同プロジェクトのPMを務めさせていただきます!」
「よく言ってくれた秋津くん! それではよろしく頼むぞ!」
「お任せください社長!」
俺と社長は椅子から立ち上がり、厚い握手を交わした。
だが、この時の俺はまだ知らない……
ゲーム開発合同プロジェクトのPMが、自分の想像を遥かに超えた過酷さであるということを……