6話 1位の実力
「……何故こんな所に……『レムレース』がいるの!?」
『レムレース』。それは60年前突然世界中に出現し…
わずか10年で、世界人口の7割にあたる人間の命を奪った怪物……!
俺の聞き間違いでなければ、今目の前にいる犬とライオンと鷹を足して3で割り忘れたのような生物こそが『レムレース』なのだ。
「グゴァァァァッ!」
目の前のそいつが奇怪な叫び声をあげ、鋭い鉤爪を持った前肢を振り下ろしてきた。
「ああああああっ!」
俺が再び情けない声をあげたその刹那。
「退きなさいっ!」
テトラの気合がこもった声が響く。すると今度は、彼女の剣から氷雪が吹き荒れた。
「おおおおおお!?」
吹き飛ばないように必死に地面に伏せてしがみつく。
吹雪が止み顔を上げると、テトラが俺の目の前に立っていた。
その先の怪物の上半身は凍りついて、氷像のようになっている。
「あ………。」
テトラは怪物と向き合っていたため気づいていなかったが、伏せた状態の俺からは、彼女の制服の中の秘密が見えていた。
(なるほどピンク色か……いやいやそんな場合じゃねえっ!)
理性が全力で阻止してくれたため、俺はそれ以上の罪を重ねずに済んだ。
「はっ!!」
彼女が剣を一振りすると、凍りついた怪物は砕け散り、幾千もの欠片となった。
舞い散る欠片の向こうから、今度は二足歩行の怪物がやってきた。しかも大群である。
「一体どういう風の吹き回しかしらね……!」
忌々しそうにテトラが呟く。脳裏のピンク色がまだ頭から離れないが、俺も全く同感だ。
「……武藤エイユウ。」
「え?」
「取り敢えず私はこいつらを片付ける。ストーカーの件については後でたっぷり絞ってあげるわ。だからあんたはそこでじっとしてなさい……くれぐれも抜刀しないようにね?」
「………。」
(抜刀しないように、だと?……何だよ、口に出さないだけで心の中ではずっと俺の『振り逃げ』のことバカにしてたのかよ……)
頭を冷せば当然のことなのだが、何とも言えず腹立たしかった。
すると彼女は、先程よりも真剣な表情で口を開いた。
「あともう一つ。」
「……何だよ。」
「学園内に『レムレース』が出たこと……絶対に他言しないでね。」
そう言うと同時に彼女は『レムレース』の群れの中に飛び込んだ。
先程の事故で見えた光景も怒りも忘れて、俺は彼女の剣技に見入っていた。
洗練された一振りが放たれるごとに焔が煌めき、怪物が呻き声を上げる。
そして怪物の攻撃を舞うようにかわし、また剣を振るう。
その光景は、もはや芸術そのものであった。
胸が高鳴り、顔が熱くなる。
それほど彼女の剣技は「美しい」のだ。
気付けば、怪物の数は2体を残すのみとなっていた。
「さあ……一気に片付けるわ。」
そう言うと、再び彼女の剣に冷気が集まり始める……
やっぱりすげぇよ。『1位』は。
その時だった。剣に集まっていた冷気が突然四散したかと思うと、彼女は剣を手から落とした。
「……今度はどんな技を?」
俺の中の期待はやがて、嫌な予感へと変わった。
彼女の脚……いや、全身は小刻みに震え、立っているのがやっとという様子だった。
おかしい――
怪物が後退りを始めていたので、腰の治った俺はジリジリと彼女に近づいてみた。
そして、恐る恐る彼女の顔を覗きこんだ。
「!?」
目に映ったのは、俺の知っている「テトラ」ではなかった。
いや間違いなくテトラなのだが、そこには、いつもの強気で凛々しい彼女の表情はなかった。
怪物を見る瞳は怯えきっており、涙が流れ始めている。いつもはキッと閉めている口元も、だらしなく半開きになっていた。
「ちょっ、おいどうした!?」
「な……なんでこんなことになってるの……?あうぅ……怪物にたべられちゃうぅ……」
「待て、落ち着け!さっきまでの気迫はどこへ!?」
「あああ、お父様ぁ……お母様ぁ……」
彼女の膝が折れる。俺は反射的に彼女の身体を支える。
突然起こったこの現象に、戸惑うことしかできなかった。ただこれだけは確信した。
……ヤバい!
完全に落ち着きを失った俺達を見て、2体の怪物は不気味な笑みを浮かべる。
「………えーと皆さん。僕たちを召し上がってもあまり栄養にはなりません。味も保証は…」
「グガああアあぁぁっ!」
「「うわああああ!!」」
俺の必死の説明も実らず、今度は二人揃って悲鳴を上げた。
怪物は凄まじい勢いで距離を詰めてくる。
「うえーんっ!」
「ちょっ!?おい!」
テトラが俺に抱きついたため、行動が一歩遅れた。
たちまち壁に追い詰められ、逃げ道を失う。
「何でこうなるんだぁぁっ!」
怪物が飛びかかってくると同時に、俺は再び剣を抜き、怪物めがけて思い切り振りかざした。
評価よろしくお願いします