4話 落とし物を届けに
「「あ……」」
一瞬、教室内の時が止まった。
彼女の表情には、「困惑」の二文字が浮かんでいる。
間違いない、泣いてる所見られた。
目の奥にあった熱はたちまち両頬に移った。自分の頬が赤く染まっている事など、鏡を見ずとも理解できた。
クラス一の少女と教室に二人きり。
客観的に見れば大層盛り上がるシチュエーションだろう。
しかし当事者たちは違う。
「…………」
俺からしてみたら、「憧れでもある少女に泣いているところを見られた」のだ。男としてこれ以上の屈辱はない。
「…………」
彼女からしてみたら、「クラスの男子が教室で独り泣いているのを目撃してしまった」のだ。例え彼女がどんな優しい人間でも、すさまじく気まずい状況に違いない。
頼む、誰かこの最悪な時間を終わらせてくれっ…!
「ごめんっ、邪魔して。」
言い終わるか終わらないかのうちに彼女はピシャリとドアを閉めた。
最悪な時間が終わった。ああ良かった。
……いや待て待て。
完全にドン引きされてるだろっ!
再び一人になった俺は、今度は床に手をついて項垂れた。
クラスの人間に散々非難され続けて2ヶ月。
そんな中で彼女だけはその集団に加わることはなかった。
その人にたった今、ドン引きされた。
教室には、テトラが早足で廊下を歩く音のみが響いている。
「ははははは…………もうどうでもいいや……」
度重なる不幸によって、絶望を越えてヤケクソになっていた。
友達もいない、学園からも厄介者扱い、おまけに理事長の娘にも引かれる。八方塞がりとはまさにこの事だろう。
「『退学』……かな。」
ほぼ無意識に胸ポケットの生徒手帳を取りだし、「退学の手続き」の部分を読み始める。
今すぐにでも理事長に退学を申し出ようと思っていた。
しかし、
キーン コーン カーン コーン
校舎の施錠開始を合図する鐘の音が鳴り響いた。鍵を閉められる前に、寮に帰らなくてはならない。
「仕方ない…明日の朝イチで届け出るか。」
荷物をまとめ教室を出ようとするとき、足下に何かが転がっていた。拾い上げてまじまじと観察してみる。
「錠剤……?」
ラベルのない薬の瓶だった。さっき教室に入った時は無かったので、すぐにテトラの落とし物だと分かった。
(……届けてあげないとな。)
今考えてみれば、職員室かどこかに落とし物として届ければいいだけの話だった。
何故本人に届けようとしたのかは分からない。
ただその日、その時――
施錠のチャイムが鳴っていなければ、彼女がこの瓶を落としていなければ、俺が本人に届けようとしなければ――
……俺は間違いなくこの学園を去っていた。
俺の運命は、この時大きく動き始めた。多分。
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