48話 素直に
お久しぶりです。
そろそろ開場時間ということもあり、スタジアム内の選手控え室へと移動しながら俺は事の経緯を話した。
「……と言うわけで、今に至ります……。」
「そうですか……分かりました。しかし、今は大会に集中して下さい。」
怒られるか、と思ったが、表情は思いの外穏やかだった。
「…………それだけですか?」
「ええ。」
流石に大会直前にこんなことをしでかしておいて、ただでは済まない………そんな緊張が一気に解けて、口から大きく吐息が漏れる。
ここで説教を始めるとチームの雰囲気に影響すると考えたのかもしれない。そう思うと余計に申し訳なくなってしまう。
「……あと突き放すような言い方になりますが、それはあなた方二人で解決すべき問題だと思います。」
「……分かってます。」
口ではそう言ってみたものの、俺はどうすればいいのだろう。どうすれば再びテトラとの溝を埋められるのだろう。
(俺から謝ったほうが………いや。)
今一度思い出してみると、先ほどのテトラの言動はどれもこれも理不尽に思えることばかりだった。
なぜ背負うものがなければならないのか。
一人一人、この場に立つことへの思いは違うのに、何故テトラはあんなにも自らの意思を押し付けるのか。
そして……何故俺が公衆の面前で殴られなければならないのか。
(……くそっ、俺が謝る要素なんて一つもないじゃねーか。)
そうして、今の俺の頭のなかから「テトラに謝る」という解決法は消し去られた。
「……ただ問題は。」
生徒会長は突然呆れたような顔をつくった。
「中村君の暴力沙汰になりかけた一件……武藤君とヘクターさんは全く関係ありませんね。彼にはやはり厳しい追及が必要というわけですか……。」
何故か怒りの矛先が中村先輩に向いている。
「あっ違います! ……確かに殴りかかってましたけど、中村先輩は……その……俺の代わりに怒りをぶつけて下さったというか……」
「なるほど、彼なりの仲間に対する思いやりかもしれませんね。」
「そっ、そうっすよ。」
「けど、それとこれとは話は別です。」
さらりと流された。
ただ中村先輩が怒った原因は、あの優奈とかいう女の傲慢な物の言い方にある。そして、その優奈を引き寄せてしまったのは俺たちが起こした騒ぎのせいだ。
先輩ではなく俺が怒られるべき。
……でもそれも嫌だな。折角何も言われずに済んだのだから。
「そっ! そういえばあの優奈・マハダヴィキア……さんっていう人は、いつもあんな感じなんですかっ? 何て言うんですか、その……態度というか……フォンテーヌさんも中等部までは同じだったんですよね? 」
どうにかして中村先輩が怒られず、なおかつ自分が責められないように話を反らしてみる。なぜ俺は自分に危機が迫ったときだけ妙に頭が回るのだろうか。
「うーん、そうですね。初等部のときから一緒でしたが、その時から人をやや下に見てしまうことはよくあったような気がします。」
「なるほど。」
「事実、あの皇陽の中でも彼女の実力は群を抜いていました。 中等部の途中からは一度も1位を明け渡したことはありません。 剣の技術もさることながら……金属適合率も前例がないほどの高さでした。 確か90%は超えていたと思います。 」
「きゅ、90!? やっぱり強いんすね、あの人。」
決して大げさにリアクションしているわけではない。
金属適合率………
剣士の剣に使用されている特殊な希少金属と人間の適合率、いわば相性のようなものだ。
この値が高いほど、その特殊金属を持ったときの各個人の能力の現れ方は顕著になる。炎はより大きく熱く、風はより強くといった具合だ。
身体能力も比例して向上するため、適合率の高さというのは剣士になる上で重要な要素のひとつである。
金属適合率90%台なんて、ラグーンを守るプロの剣士にもそうそういないと聞いたことがある。あの威圧的なまでの雰囲気は、それによるものだったのかもしれない。
「剣士を目指す人たちの間では彼女はそこそこ有名人だと思っていたのですが……武藤君は知らないみたいですね。」
「俺、去年まで自分に剣士になれる可能性があるなんて思わなかったんで、たまにテレビとかで見るプロの剣士の名前くらいしか知らなかったんです。」
「……つまりそれは、去年から能力が使えるようになったということですか?」
「よく分からないですけど、とにかく3歳の時の検査では、俺の金属適合率は0でした。」
「なるほど……」
生徒会長はさぞ興味ありげな表情で俺を見た。
ラグーンでは、3才児に金属適合率の検査が義務付けられている。5%くらいあれば、幼児であっても微弱ながら金属を媒介して能力を使えるし、努力次第で適合率を伸ばすこともできる。
俺は、「0%」だった。
その検査で0%だった人間の適合率は、一生伸びることはないと言われている。そのため俺は、小学生になるころには剣士になることを諦めていた。
しかし中学生のとある日、何気なーく金属に触れた俺は、全身に力がみなぎるような感覚を覚えた。
その感覚に驚き改めて病院で検査し直すと、俺の適合率は「18%」を示していたのだ。
その数値を見た瞬間、まだ物心ついたばかりの頃の夢が蘇ってきた。
……『剣士』になりたい!
そして俺は、水星学園に入学した。
(あの頃は希望に溢れてたな……)
話が途切れそんな回想をしていたが、生徒会長の言葉の中で引っ掛かったことがあり、俺はひとつ訊いた。
「それで……優奈さんは 中等部の途中から1位だったんすよね? その前に、もっと強い人がいたってことですか?」
「はい、いました。ですが………いや、言うのはやめておきましょう。」
「 え? ………分かりました。 」
生徒会長の表情が一瞬険しくなったように見えたのは、多分気のせいではない。理由は何となく分かったが、とても口には出せなかった。
……話をそらしたのは、当初の目的とは違う意味で失敗だったかもしれない。
その後も暫くスタジアムの広い廊下を歩くと、あるドアの前で生徒会長が足を止めた。彼女は連絡用端末を取り出すと、それを扉の横に付いている装置にかざした。
『認証しました。水星学園の皆様、中にお入りください。』
機械音声とともに、ゆっくりとドアが開く。
「ここが私たち水星学園の控え室です。ここからスタジアムの競技場に入ることができます。更衣室、シャワー、お手洗い、治療室などの設備は揃っているので、基本的に控え室から出なくても大丈夫です。」
生徒会長の説明に、全員が「おお〜」と感嘆の声をあげる。
(金かかってんな……ペンタグラムは2日間しか無いのに。)
自分たちに与えられた環境に感動しつつも、この大会がそれほどのビッグイベントであることを改めて認識させられる。
「要するに」
聞き覚えのある声がした。意気揚々とした雰囲気から打って変わって、静寂が訪れる。
するとメンバーの間をするりと抜けて、ジンが出てきた。
ジンは生徒会長の前に立ち、長い前髪を眼帯をつけている方に流すと、静かに言った。
「ここに入れば、もう後には引けないということだな。」
その言葉に、俺は唾を呑んだ。
そう、『ペンタグラム』は、既に逃げられない距離まで迫っている。俺たちには、真正面からぶつかる以外の道は残されていない。
「確かにその通りです、アラバスター君。私たちに、引き下がる理由はもうありません。」
生徒会長は静かに応える。
「理由など関係ない。ただ、結果として運命から逃げるか抗うか……それだけだ。」
ジンはそのまま控え室に入っていく。
取り残されたように立ち尽くす俺たちに、生徒会長は言った。
「……全力で戦う理由がある人だけ、入室してください。」
その言葉のあと、メンバーは次々と控え室に入っていく。俺の横を通り過ぎていくみんなの表情には、並々ならない覚悟と意志の強さが滲み出ていた。
「さあ、行きましょう武藤君……大丈夫、貴方ならできます。」
生徒会長に背中を押され、俺は止まりかけた足を再び前に出した。
移動の時は俺たちが緊張しないように気遣ってくれていた生徒会長だが、ジンの言葉の後から表情が変わっていた。
俺をフォローしてくれてはいるが、内心はテトラと同じで、全員に覚悟を決めてほしいのだろう。
……俺にはここに入る資格があるのだろうか?
「ヒーロー。」
「えっ?」
ふと掛けられた声に、俺は立ち止まった。振り返ると、マコモが俺を見上げていた。
「……ちょっとこっちに来て……ヘクターが話したいことがあるそう。」
「テトラが? 何で……うおっ! ええっ?」
俺が理由を訊くより早く、マコモはぐいぐいと俺の腕を引っ張る。
生徒会長は何か察したらしく、「なるべく早くして下さいね」とだけ言って控え室の中へ入っていった。
しばらく引っ張られるままに歩くと、突き当たりの壁際にテトラが腕組みをして立っていた。
「……ほらヘクター、連れてきた。」
「うおっ。」
マコモは掴んでいた俺の腕を離すと、俺をテトラの前に押し出した。
いつもと変わらない、不機嫌そうな表情が目の前にある。
俺はこれ以上何を言われるのだろうか。
「ん……えっと………」
口を開いたテトラは、突然視線を泳がせて、頬を指でぽりぽりと掻き始めた。
「………。」
突然落ち着きのなくなったテトラを少し不思議に思いつつも、俺は黙ってテトラの言葉を待った。
「えっ……と……………」
言葉を詰まらせていたテトラは、長い間を置いた後すぅっと一度大きく息を吸うと、深く腰を折って頭を下げた。
「ごめんなさいっ。」
「……えぇっ!?」
あまりにも予想外の行動に、俺は思わず声をあげてしまった。
「おっ……おいテトラ、とりあえず頭上げてくれ!」
何ゆえ謝られているのかはどうでも良かった。ただその時の俺は、テトラに早くこの姿勢を解いてもらわないと明日大雪が降るのではないかという心配をしていた。
テトラは頭を上げると、やや視線を下に向けながら再び口を開いた。
「あんたのこと、全然考えずにあんなこと言っちゃった。私の価値観が全部正しいと思って、押し付けてた……だから、ごめん。」
「え、いやっ、俺も悪かった! ……結果は関係ないなんて、確かに考えが甘かったと思う…………」
「いや、私が本当に間違ってた。だから……ごめん。」
テトラはもう一度頭を下げる。
「だっ、だから頭を下げないでくれ…!」
最強お嬢様の彼女が自らこんな丁寧に謝ってくるなんて、考えてもいなかった。
ただ、その表情から、演技でもなく他人の入れ知恵でもない彼女自身の意志が見えた。
意地を張って謝らまいと考えていた自分が、ひどく矮小な存在に思えてくる。
「……さて、じゃあ。」
マコモはそう言うと、俺とテトラ、それぞれの片腕を掴んだ。
「……仲直りの握手。はんどしぇいく。」
「「 はあっ!? 」」
「……嫌ならいい。」
「「 ………………。 」」
マコモの静かな圧力に、俺たちは仕方なく無言で握手を交わした。
「……よし、さっさと戻ろう。」
マコモはそれで満足したようで、とことこと先に歩いていってしまった。
テトラは先ほど握手した自分の手をじっと見ている。以前にもこんな光景を見たような気がする。
「……どうした?」
「…………。」
「えっ?」
「……何でもない、行きましょ。」
テトラは何か呟いたあとそう言葉を放ると、くるりと背を向けて早足で歩いていく。
「あ、待ってくれ!」
俺が慌てて追ったテトラの後ろ姿は、いつもより大きく見えた。
ありがとうございました。




