3話 放課後の教室
1-B教室に戻った俺は自分の席に座り、ぼんやりと窓の外を眺めた。
ふと目に入った中庭の時計で時間を見る。どうやら、理事長室に入ってからここに来るまで30分程しか経っていないらしい。
理事長と話をしていた時間は、せいぜい10分といった所だろうか。
しかし俺は、一日中あの部屋にいたような気分だった。
自分の存在意義を見失った俺の脳内に、理事長の言葉が静かに甦ってくる……
――心の準備はできているか武藤君。
よろしい……では率直に言おう。
『退学勧告』だ。
君の真面目さは誰もが認めている。
君のエスケープが意図的でないことも知っている。
だがこれは、私と先生たちとの間でしっかり話し合った結果なのだ。
君にはまだ「未来」がある。だからこそこれを伝えなくてはならない。
――誰もが『剣士』になることはできないのだ――
叶わない夢を追って、君の将来を棒に振ってほしくない。
……あくまでも『退学勧告』だから、退学するかどうかは君の自由だ。
今ここで答えなくても良い。しっかり親とも相談してまたここに来なさい。
だが『退学勧告』されているという事実が何を意味しているかは、しっかり考えておいてほしい。
……話はこれで終わりだ。下がりなさい――
あのときは正直、悪い冗談だと思いたかった。しかし理事長の目からは、感情のひと欠片も感じられなかった。
あの瞬間、虚偽などは一切無いことを俺は悟ってしまった。
「俺の将来なんて、微塵も考えてないくせに。」
理事長室を出るときつい本音がこぼれた。
ただ、幸か不幸かその言葉は理事長の耳には届いていなかった。
退学勧告された理由はもう分かっていた。
水星学園は、多数の出資者の金によって成り立っている。そしてその金の大半は、この「剣術特進科」につぎ込まれていた。
だが、もし「全く『剣士』になれる見込みが無い人間」がいたとしたら。それこそ『振り逃げ王子』のような人間がいたとしたら……出資者は恐らく水星学園の方針を疑い、出資を渋るようになるだろう。
学園側としては、それだけは絶対に避けたい。では避けるためにはどうすればいいか……
「ま…大人の事情ってやつか。」
再び窓の外を見る。
学園の外の市街地、住宅地にも、この学園と同様に生活を営む人々の姿が見えた。
そしてその遥か遠く先には、無機質に立ちはだかる巨大な『壁』があった。
60年前に突然現れ、世界を恐怖で包み込んだ怪物『レムレース』。生活の場所を失った人間が、奴らの侵攻を防ぐためここに集まりあの巨大な『壁』を築いたらしい。
どこの誰が提案したかは知らないが、よくそんな大それた事を考えついたものだ。
とにかく、先人の努力に囲まれたこの街の中で俺たち人間は暮らしている。『壁』の外のことなんかほとんど知らずに。
……この街の歴史に思いを馳せてみたが、俺の中の絶望感は膨らみ続ける。目の奥が熱を帯びてくる。
怒ってもどうしようもないんだ。仕方ないんだ。
俺はたまたま能力を授かったが、その能力は役立たずだった。
それだけの事じゃないか。
考えてみろ。
そもそも能力が無く『剣士』の夢を諦めた人間が、この壁に囲まれた街の中にどれほどいると思う?
一度でも夢を追いかけることができた。それで十分じゃないか。
『剣士』以外にも素晴らしい仕事はきっとあるはずだ。
必死で自分にそう言い聞かせた。
だが俺は、瞳から溢れだすものを抑えられなかった。
それが悔しさ故のものなのか、自分の無力さ故のものなのか、俺には分からない。
ただ一筋二筋と頬を伝い、机の上に滴り落ちていく。
暫く経ってから、制服の袖で目を拭いた。顔を上げると、教室の入口に誰かが立っている。
紅の髪の少女、テトラだった。
重い話ですが、このままでは終わりません。次回からも見ていただけると幸いです。