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31話 テトラとアンネ

再び目を開けると、そこには巨大なアーチ状の門があった。

どうやら皇陽高校の校門前まで飛んできたらしい。いつの間にか日はかなり傾いており、白亜の校舎の窓は橙色に染まっている。


「ハア………マジで危なかった……。」


『振り逃げ』直前に見た草太の顔が鮮明に蘇ってくる。

本当に死ぬかと思った。もう一度『ペンタグラム』で見えることになると思うと、身震いがした。


テトラと無事逃げられたことは良いとして……


「………ん?あっ!……悪い……。」


俺の左手はまだ、しっかりとテトラの右手を握りしめている。

俺は握っていた手の力を緩めた。テトラの手がだらりと垂れる。


「………。」


「………。」


テトラはうつ向いて、俺と視線を合わせようとしない。

本気で嫌われているのだとしたら、それこそ俺は余計なことをしてしまったのかもしれない。


それでも、彼女に言わなければならないことがある、聞かなければならないことがある。


「……テトラ。俺」


「うっ!………」


そう言いかけた瞬間、テトラは頭を押さえ、呻き声とともにばたりと倒れた。


「テトラッ!?」


俺はしゃがみこんで顔色を確認しようとした……が、テトラはすぐに立ち上がった。

「うう〜……あれ、今日は水星学園じゃない。」

そう言うと彼女は四方を見回す。

俺は一瞬面食らったが、すぐに何が起こったか把握できた。


「アンネ……?」


「ん〜?あっ、エイユウ! 久しぶりねー……って何でこんなところでしゃがんでるのー?体調悪い?」


テトラの中の人格の一人……アンネ。一度しか会ったことはないが、テトラとは対照に楽観的な女性だったことを覚えている。

先程までの張りつめた空気が一気に解けて、俺は脱力してしまった。


「ふむふむ……誰もいない知らないところで二人きり。これはまさか〜?」


「えっ!?いや違う違う! 俺らはその〜……逃げてきたとこなんだ!やばい奴に二人で追われて……」


「そのまま夜の街へと……」


「………もう勝手にしてくれ。」

どうして決意を固めた矢先にこうなるのだろうか。チキンな俺の勇気とチャンスを返してほしい。


「冗談だってば、も〜」


テトラはあのようにもがき苦しんでいるのに、その中にいるアンネはいつも通りだ。やはり同じ身体を共有していても本当に中身は別人なのだろう。


「テトラに戻るまでここで大人しくしててくれ、なるべく他人に見つからないようにして……」


ふと生徒会長、ジン、マコモのことが心配になったので、アンネを置いて剣術訓練所に再び向かおうとしたその時、


「待って。」


「……何だよ。」


「テトラと何があったか……あたしに教えてくれない?」


「!!………アンネには関係ない話だ。」

アンネに気づかれたことについては正直驚いた。ただ、誰かに言っても解決のしようがない話だと思い、俺は適当に返事をする。


「何ー!?そうやって……」


アンネは不機嫌そうに頬を膨らませ、ずかずかと近づいてくる。雰囲気は違うものの姿はテトラなので、かなりの迫力だ。


「あたしを別人扱いするわけ〜?」


「おっ、おい!」


アンネは俺の首の後ろに素早く腕を回して思いっきり体重を掛けると、そのまま俺を地面に押し倒した。

アンネは、「テトラの身体」で俺と密着する。

その間近に迫る顔が、ほのかに香るシャンプーの匂いが、温もりが、1ヶ月前の「アレ」を俺に思い出させた。


「わ、分かった話す!だから離してくれ!」


「はーい。」

アンネはそう言って、あっさりと俺から離れた。


……完全にはめられた。彼女のこの戦法に負けた自分が、男として情けない。


**********


俺は全部話した。

テトラの様子が突然変わったあの日のこと、その日を境に俺との関わりを拒否し始めたこと………。


アンネは最後まで静かに聞いていた。

アンネとは言っても、外見はテトラである。だからテトラのことをテトラ本人に話しているような不思議な気分に陥った。


俺が話し終えると、彼女は口を開いた。


「うんうん、なるほどねー……。」


「…俺やっぱりテトラに嫌われただけなのかな?」

テトラが何か悩みを抱いてるから俺と口を聞かない、など色々予想はあったが、これは、「俺が嫌われているという事実が恐ろしくて作った妄想」のように最近思えてきたのだ。


「うーん……エイユウとテトラがそんな事になっちゃった他にさ、何かテトラに変わったことない?すっごい些細なことでもいいから。」


「ん……」

些細なこと、と言うのは案外思い出しづらい……


「この前襟立ってて教師に注意されたり前より窓際の席にいる時間が長くなったり俺以外の生徒も無視するようになったり……あっ、剣術訓練で初めて負けたりしてたな。」


ものでもないことがよく分かった。


「ひえ〜、エイユウ結構テトラのこと観察してるのねー。」


「まあ、一応テトラと理事長《その親》公認のストーカ……お目付け役だからな。それサボると退学の危機もあるし……。」


「よく分かんないけどまあ良し。この生活全体の変わりようからして、テトラは相当悩んでるみたいね………何よー?これでもテトラとの共同生活つきあいはエイユウより長いわよ。」

アンネは顔をムッとさせた。


「何も言ってないって………。」


「んー……じゃー、他には無い?」


「……食堂来なくなったり…。」


「ふむふむ。」


「入れ替わりが多くなったり……。」


「ふむふむ………んっ!?」


「どうした?」


反応が明らかに変わった。どうやら彼女の方にも何か心当たりがあるようだ。


「今までに何回くらい入れ替わってるの見た?」

アンネが顔をずいと近づける。


「………5、6回は見たかな?」


「ええー!?そんな入れ替わってたの!?……じゃあテトラは……。」


アンネは急に肩をすくめて不安げな表情になった。


「……どういうこと?」


アンネが自分の中で話を完結させてしまいそうだったので、俺はすかさず質問した。

彼女は「分かったわ」と一言だけ言うと、表情をキリッと引き締めて話し始めた。



「……テトラはね、水星学園の中等部の時までは、学校にいる間にあたしたちと入れ替わったりなんてことはほとんど無かった。」


「え………?」


「あたしたちのことすっごい嫌がってたからさ、精神安定の薬もしっかり飲んでたみたい。でもここ最近入れ替わるとあたし……学校にいるときの方が多いの。」


あたしがあたしでいられる時間はすごい短いから、今まであんまり入れ替わりの回数や日にちとかは気にしてなかった。と彼女は付け足した。


俺は色々推測を立ててみる。


「……つまり最近は飲み忘れてることが多いってことか?」


「いや……これを見て。」

そう言って彼女は、片手に持てるサイズの瓶を取り出した。それは、俺がテトラと初めて話をしたあの日、そのきっかけを作った薬瓶と同じものだった。


その瓶の底には、数錠の薬が疎らに転がっている。


「これがその精神安定の薬。1日3錠らしいんだけど……あ、テトラには悪いけどこれも見て。」

今度はメモ帳らしきものを懐から取り出して、あるページを俺に見せた。


そのページにはカレンダーが印刷されていた。1日ごとに3段の空欄が付いている。そしてその空欄は、今日の1段目まで全て埋まっていた。


「ちゃんと忘れず欠かさず飲んでるみたい。」


確かに律儀なテトラが「人格を抑える」という行為を怠りそうな気もしない。


「じゃあ……何でだ?」


「分からない?エイユウ。」

そう言うアンネの真剣な目付きは、テトラそっくりだった。

テトラの身体を借りて喋っているから当然なのかもしれない。しかし、他の誰でもない、彼女自身の意志を感じた。


俺は少し時間をもらって考えてみる。

「薬が効いてない?……あっ!」



(「この学園で個性のうりょくを捨てたら、何の価値もない人間なのよ!」)


(「昨日の放課後……本当に「テトラ」だった?」 「そんなこと私が聞きたいわよっ!!」)


(「……お願い、私に話しかけないで。本当に分からないの………」)




俺の中で眠っていた「点」が次々と弾けるように目を覚まし、繋がり始めた。


「わ、分かったぞ!アンネ……アンネ?」


気がつくと、アンネの目からは、幾筋もの涙が伝って流れていた。



ありがとうございました。次回は9月末になると思いますが、よろしくお願いいたします。

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