29話 執念
歓声が悲鳴に変わった。まさかこの激戦の中に飛び込んで行く輩がいるんなんて誰も思っていなかっただろう。
俺もつい10秒前まではこんなことするつもりはなかった。あの「誰か」の声に突き動かされ、現在、絶賛落下中。
「うおおおっ!…ぐおおおおおぅっ!……」
着地の衝撃が、全身の器官を隅々まで揺らした。
突然の俺の登場に、水星学園と皇陽高校のトップ同士も剣を止めた。そして、俺の方を向いて構える。
「乱入とは…… 礼儀というものを知らないようだね〜、水星学園生君。」
「っ!?」
肩のあたりまで伸びた翠色の髪をなびかせながら、男の方が歩み寄ってきた。
上から見ていたときは気づかなかったがこの男、細身ながら非常に背が高い。ディミトリくらいはあるだろうか。
そして……高めの声と優しげな表情からは想像もできないほど、凄まじい威圧感を放っている。
俺の両足は音が出るほどに震えた。指先で押されたら倒れてしまいそうな気すらしてしまう。
「どれほど彼女が心配かは知らないけど…… 僕は彼女を手に入れたいんだよね。そういう条件でこの決闘を呑んでいるからさ。」
何も言えなかった。声が喉の奥でつっかえてしまう。
そもそもの話、飛び込んだ後どのようにして決闘を中止させようかなど考えていなかった。無論、学年最下位の俺の実力で決闘を止められるはずもない。
(ちくしょう、どこまで浅はかなんだ俺はっ!)
自分の才能のなさに絶望した。これで人生何度目だろうか。
叢草太は冷淡な目で俺を見下げている。ディミトリとは違った厭らしさを感じ、俺は更に気分が悪くなった。
「ま〜嫌だね、身の程をわきまえない君みたいな凡人がいるからさ。」
草太はやれやれといった表情をしながら口を開く。
「!! ……。」
奴の言う通り俺は凡人……いや、それ以下だ。それなのに何故こんなにも悔しいんだ?分かりきっていることだというのに。
草太は言葉を続ける。
「どんなに頑張っても僕たちには勝てない…… とっとと失せてくれないかな? 特に君みたいな何も分かってないタイプの人間とか目障りだからさ〜。」
「………は?」
何も……分かってない?
何かがプツンと切れる音がした。「悔しさ」という感情が限界点を超えた。このままではまずいとは思ったが、この衝動は止めようがない。
「ああぁあぁぁぁっ!!!」
勢いそのままに、俺は背中に掛けた剣を納刀したままの状態で振りかざした。
草太は軽く後方にステップを踏んでそれを避けた。
「おっ?と。どうしたんだい?」
「お前に………てめぇにテトラの何が分かってるってんだあああああッ!!! テトラがどんだけ苦しんでるのかぐらい理解しやがれクソ野郎っ!!」
これ以上ないほどの汚い言葉とともに、俺は叫んでいた。
先ほどよりも強く思ったのだ。俺が誰よりもテトラを知っている、と。 ………思い込みと言った方が正しいかもしれない。
一瞬視界の端に見えたテトラは、剣を取り落としていた。瞳は、驚きのあまり開ききっている。
「なるほどそうか。そういう事ね………。」
立ち尽くしていた草太が口を開いた。腕は小刻みに震えている。
「でも……クソ野郎だけは聞き捨てならないねぇ!!」
「……うぐっ!?」
奴は鬼のような形相になると、俺の足下から蔦を生じさせた。その蔦が一瞬で、俺の身体を拘束する。
この状況でやっと思い出した。奴が皇陽高校の1位であるということを。
「死ねぇぇぇぇいっ!!」
痛みを感じるほどの殺意を放ちながら、奴は俺との距離をぐんぐん詰める。
死を覚悟した、その時だった。
「迅流抜刀術、弐の型!!」
「……じゃすとみーとっ」
「ぐあああああっ!?」
草太が上に吹っ飛び、俺を拘束していたものが解けた。
目の前にいたのは、見覚えのある眼帯の少年と、小柄な銀髪少女だった。
「………ジン!?マコモ!?」
「双方そこまで……ヘクター、エイユウ、すぐにここから去れ。」
そう言ってジンは剣を納める。
「あ……ありがとなジン、マコモ。」
「双方に無益な戦いと判断しただけだ……ぐふっ。」
「……ヒーローに悪魔の囁きをしておいて何だその態度は。」
マコモが無表情のまま、ジンに肘鉄を喰らわす。
「悪魔の囁き……え、もしかしてあの声、ジン?」
「……いえす。こいつが犯人。」
「マジか……。」
やや落胆した。確かにあの言葉がジンの中二発言だとしたらいろいろ納得できるのだが、何かに負けたような気分である。
ジンが脇腹を押さえながら顔をあげる。
「テトラも無事のようだな。」
「あ……。」
振り向くとそこにはテトラがいた。気持ちが落ち着いたのだろうか、先ほどまでの焦燥しきった表情はない。澄んだ瞳を少しふせて立ち尽くしている。
「……ヒーロー。」
黙りこむ俺にマコモが話しかける。
「………ああ。」
俺はテトラに話しかける気になれなかった。こんなことをしたところで、俺には結局、何が彼女を絞めつけているのかが分からない。
(話してくれたら全部分かるのに……どうして何も言ってくれないんだ?)
「ふふふふふっ………!」
不気味な声が響いた。
いつの間にか、先ほど吹っ飛んだ草太が戻ってきている。その顔には、おぞましい笑みが浮かんでいた。
ジンが一歩前に出た。
「まだ立つと言うのか……愚かな。闇の炎とともに地獄へ送ら」
「さっきの僕に対する暴言は許してあげよう……ただし僕は彼女に勝つ……何が何でも手に入れる!」
……何という執念深さ。まだ決闘は終わっていないとでも言うのだろうか。
奴が地面を蹴った。それと同時に、台詞を決められなかったジンが勘良く立ちふさがる。
ジンが眼帯に手を掛けた。
「…できればこの力は使いたくなか」
「邪魔だよっ!」
その間に、草太は脇を通り抜ける。
(中二病動作がいちいち無駄ーっ!!)
今度はマコモが立ち向かう。
「……あと一回はいける。じゃすとみー」
「慎みのない胸は嫌いだよっ!」
「……なんと。」
彼女が豊かな胸を触る間に、草太が第二防衛線を突破する。
(貧乳派かアイツ!?ってやべえ!)
草太は目の前に迫っている。
奴の視線は俺の後ろの少女を捉えていた。
テトラ……!
反射的に体重が後ろに乗る。
ほぼ倒れながらだったが、俺の両手が奴より早くテトラを掴んだ。
そのまま俺は倒れこんだ。勢いを殺せなかった草太は、俺の足につまづき宙を舞った。その直後、鈍い激突音が響く。
俺が顔を上げると、草太はうずくまって倒れていた。
「うう〜痛て……あっ。」
倒れながらテトラに飛び付いた……つまりテトラが俺の下敷きになっている。
俺は素早く立ち上がった。
「……ごめん……。」
俺がそう言うと、テトラが不機嫌そうな顔をして立ち上がる。
(……何で俺はこうも後先考えずに動くんだ。)
「……何であんたが謝るのよ。」
「えっ?」
ありがとうございました。