28話 テトラvsソウタ
「また来てね〜ブランちゃん、武藤クン!」
元気一杯なフミナさんに手を振って喫茶店を後にした生徒会長と俺は、路地から大きな通りに出た。
まだ太陽は高い位置にある。地面の照り返しと相まって、油断していると溶けてしまいそうな暑さになっていた。
生徒会長は額の汗を拭いながら俺に尋ねた。
「武藤君、あなたはこれからどうしますか?」
「あー……特に予定もないので帰るつもりです。」
「そうですか。ではお気をつけて ……あら?」
彼女は自分の携帯端末を取り出した。
そして彼女は、食い入るような目で端末の画面を見た。
「……っ!」
生徒会長の表情が強張った。
「……何かあったんですか?」
「中村君からです……ヘクターさんが皇陽高校の選手に決闘を申し込んだ……と!」
「テトラがですか!?」
「……私は皇陽高校に戻ります!」
そう言って彼女は走っていく。
俺も反射的に生徒会長を追って駆け出した。
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俺たちは皇陽高校まで戻ってきた。
「『ペンタグラム』皇陽高校代表と決闘……ヘクターさんは一体何を考えているのでしょうか!」
いつもは冷静な生徒会長が走りながら憤慨する。
俺も同感だった。何故テトラが『ペンタグラム』で戦うであろう相手に手の内を見せるようなマネを……
広い中庭を駆け抜けた先に、巨大な剣術訓練所が見えてきた。大企業が経営するジムより設備が整っているともっぱら噂らしいが、そんなこと今はどうでもいい。
「おーい生徒会長!こっちだ!」
訓練所の入り口辺りで、水星学園の制服を来た人物がこちらに向かって手を振っていた。『ペンタグラム』3年の部代表メンバー、中村瑛杜先輩だ。
「ヘクターさんは……どうなっているのですか?」
息を切らしながら生徒会長が質問すると、中村先輩はやや視線を下げて答えた。
「ヘクターが決闘を申し込んだ相手も相手でな……皇陽高校1位の奴だったんだ。止めようがなかった……すまん!俺らの力不足のせいで!」
頭を下げる彼に対して、俺は咄嗟に口を開いた。
「な……何故こんなことになったか教えてくれませんか!?」
「武藤か!……ああ分かった。恐らくもうヘクター達は決闘を始めてるから移動しながら話すぜ!」
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決闘の場には既に多くの人が集まっていた。
人混みを掻き分けて進むと、その先では別次元の戦いが繰り広げられていた。
細身の男が剣を振るうと木の葉が舞い、竜のような姿を形成する。しかしその竜はすぐさま業火に包まれ灰と化した。
今度は轟音とともに決闘場の地面から大木が現れる。対する紅髪の少女ははその木々を踏み台にして、男の上方より攻撃を仕掛ける………
彼らの剣技と能力のぶつかり合いは、観衆がどよめく間すら与えていない。
「ヘクターさん!今すぐ試合を中止してください!」
生徒会長が叫ぶ、しかし双方の耳にその声は全く届いていなかった。
(こりゃ止めようがないな……。)
中村先輩の話によると、事の発端はこんな感じだ。
まず大会説明会が終わった後、中村先輩とテトラ含めた何人かの生徒は「いい機会だから」と皇陽高校の施設を見て回っていたらしい。
そして剣術訓練所に行ったとき、テトラが一人の皇陽高校の生徒に絡まれた。その絡んできた生徒こそ、今テトラと決闘している皇陽高校トップの男、叢草太だった。
彼はテトラをナンパしていた。テトラが冷たく振っても執拗についてきたらしい。
するとしつこさに耐えかねたのだろうか、テトラが激昂。「叩き伏せてやるわ!」と決闘を申し込み、今に至る……という訳だそうだ。
(らしくないな……テトラ。)
その結果がこの壮絶な試合である。特に能力を使用しない剣術のぶつかり合いでは、俺レベルの人間では何が起こっているのか全く把握できない。
そしてテトラとまともにやりあっているこの叢草太という男、中々侮れない。
…だが何だろう。やはりテトラの様子がおかしい。互角以上の勝負を展開しているのだが、その戦い方は、怒りに身を任せ、それでいて何かに怯えているような……
「そうだ、武藤。」
隣で身を乗り出すようにして決闘を見ていた中村先輩が呟くように言った。
「何ですか?」
「ヘクターが決闘を申し入れる直前にさ、「ついてこないで!あんたに何が分かるっていうのよ!」……みたいな感じのこと言ってたんだよ。俺は全く意味分からなかったんだけどよ、お前なら何か分かるんじゃねえか? ほら……結構ヘクターと一緒にいただろ?」
「……っ!」
俺の頭の中に眠っていた何かが目を覚ました。それはあの日、叩きつける雨の向こうに見えたテトラの顔だった。
(『あんたに何が分かるっていうのよ!』)
……そうだ。今あそこで闘っているテトラは、俺があの日見たテトラと全く同じじゃないか。
何故気づかなかったのだろう。「忘れていた」からか?いや……
俺が、テトラを「忘れようと」していた……?
その瞬間、俺を凄まじい罪悪感が襲った。
何故だ?忘れようが忘れまいが俺の勝手じゃないのか?向こうも嫌がってるんだから、いっそ俺がテトラを忘れてしまう方がいい。
……テトラは苦しんでいる。でも、周りで見ている人間はテトラの心情など知らない。俺もそうだ。彼女のことなんかちっとも分かっていない。
だから、どうすることもできない………ましてやいじめでメンタルをやられている俺なんかには……。
「逃げるのかエイユウ?」
「えっ?」
「……ここで逃げたら、一生逃げ続けることになるぞ。」
誰かの声が聞こえた。声の主が誰か一瞬気になったが、すぐにどうでもよくなった。
「お前が一番、ヘクターを知っているだろう…… 自信を無くして何が『剣士』だ。」
その声は、なおも静かに語り続ける。
そうだよな、ありがとう誰かさん。
「…………うおおおおおおっ!!」
両足に力がみなぎり、俺は床を強く蹴った。
「!? やめなさい武藤君!!」
生徒会長の止める声が聞こえた気がしたが、時既に遅し、俺の身体は既に宙を舞っていた。
ありがとうございました。