22話 雨中のテトラ
『ペンタグラム』メンバー発表前日――
俺とテトラは特訓のため、今日も例の荒野のような空地にやって来た。
「さっ、始めるわよ。」
凛々しい声とともにテトラは剣を構える。
彼女の表情は心なしか強張っていた。先日「100%選ばれる自信がある」とは言っていたものの、やはり発表前日は緊張するものなのだろう。
そんな状況で俺に稽古をつけてくれるのは彼女の優しさ故なのか、それとも鬱憤を晴らすためなのか、俺には分からなかった。
とにもかくにも、付き合ってくれている彼女の期待に応えるべきだと思い、俺も多少力んで剣を構えた。
「抜刀っ!」
その声とともに剣を抜いた彼女は二、三歩で俺を攻撃範囲に捉えた。
「くっ!」
俺は納刀したままの剣の鍔で彼女の剣を受け止めた。
至近距離に迫るテトラが顔をしかめる。
「私はあんたの『振り逃げ』を強化するために特訓してるんだけど……!」
「分かってるって!」
そのまま膠着状態に入ると、俺はテトラの様子の変化に気づいた。
………何と言えばいいのだろうか、テトラが少しおかしい。緊張した面持ちの中に、どこか焦りや恐怖のような感情が滲んでいるのだ。
明日が運命のメンバー発表だから、と言えばそれまでなのだが……俺はどうしてもその理由では納得がいかなかった。
俺の思い過ごしか………。
「何ボーッとしてんのよ!」
テトラは鬼のような形相をして怒鳴る。
「っ!!わ、分かってるっての!」
彼女の一喝でハッと我に返った。
つばぜり合いをしている俺の手は、小刻みに震え始めていた。
力をふりしぼってテトラの剣を押し返すと、テトラが後ろに飛び退く。
その間に左手で剣の鞘を押さえ、もう片方の手で強く柄を握った。
「抜刀!」
思い切り剣を振り抜いた。金属同士のぶつかる甲高い音が響くと、目の前の風景が歪み、焦点が定まらなくなる……
そして次の瞬間、俺は学園の生徒玄関前にいた。
「ダメか………。」
俺の能力、通称『振り逃げ』。それは相手に一発かますと瞬間移動で逃げるという、究極のヒットアンドアウェイ技だ。
しかし逃げる場所は俺の任意ではない。逃げる範囲と場所をコントロールできるようにテトラがこの特訓を提案したのだが……
初日以来、全く進歩がないのだ。
(あぁ、また怒られる……)
そんなことを思いつつ、俺は自らの足で空地に戻った。
戻ってきた空地には、雨が降り始めていた。
「………テトラ?」
彼女は両腕をだらりと下ろして立っていた。
何が起こったのかと駆け寄ってみると、彼女の身体は不規則に痙攣していた。
「……泣いてるのか?……ぐっ!」
横腹に重い衝撃が走る。何が起こったのかと下を向くと、テトラの肘がその場所に深く突き刺さっていた。
「っ………何を…」
「泣いてない!行くわよ、次!」
テトラは一瞬袖で顔を拭うと、倒れこむ俺のことなどお構い無しに剣を構えた。
どうやら俺は余計な一言を掛けてしまったらしい。
仕方なく痛む横腹を押さえながら立ち上がり、落ちた剣を片手で拾い上げた。
「そうだテトラ……一回だけ『振り逃げ』で空地に留まれたことあったよな……あの時の俺って、どんな感じだった?」
「そんなの自分で考えなさいよっ!」
「えええええええ!?」
**********
『振り逃げ』しては空地に戻って、また『振り逃げ』しては空地に戻って………いつもの様にそんなことを繰り返して30分ほど経った。
雨粒はその間にどんどん大きくなり、数を増していく。気がつけば逆巻くような豪雨となっていた。
今の俺が最も強烈に感じていたのは、苦しさでも、疲労でもない。テトラに対する「違和感」だった。さっきまでは俺の考えすぎかと思っていたが、もはやそれでは済まされないほどテトラの様子がおかしい。
彼女の表情は「必死」そのものだった。いつもの落ち着きや精彩など微塵も感じられないでたらめな剣技で、俺に迫ってくる。
まるで、何かを振り払うように。
「っ!!」
また思索に耽ってしまった俺は、鞘に納めたままの剣で斬撃を防ぐこととなった。
「エイユウっ!集中しなさいよ!だからあんたはいつまでも『振り逃げ王子』なのよっ!」
「なっ!?」
彼女が唐突に叫んだ言葉に思わず声が漏れた。
今までテトラに散々怒られてきたが、彼女はどんなに高揚しても、一度として『振り逃げ王子』という言葉は口にしなかった。
何でもないようなことなのだが、その言葉が妙に胸に刺さった。
テトラの俺に対する不満は止まらない。
「『振り逃げ』を生かそうと思わないの!?」
「いや、全力で生かそうと思ってるから!」
「この学園で個性を捨てたら、何の価値もない人間なのよ!」
「え…………?」
何の価値もない人間………?
どうしちまったんだよ、テトラ………
俺はどうしようもなく怖くなって、叫んだ。
「何なんだよ!本当にあんたはテトラなのか!?」
その直後、真っ黒な空が閃き、雷鳴が轟いた。
テトラの動きがぴたりと止まった。
その口元は小さく動いていたが、雨にかき消され何を言っているかは分からなかった。
「あ……テトラ………?」
テトラは俺を見つめていた。しかしその瞳は、テアのように怯えきっていた。
俺が近寄ると、テトラは後ろを向いて一目散に駆け出した。
「あっ………。」
思わず右手を伸ばしたが、届くはずもない。テトラは雨の向こうへと消えていった。
(俺、まずいこと言ったか………?)
訳も分からず俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
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