9話 大人たちの都合
「奇遇だな……武藤君。」
理事長は口元に笑みを浮かべながら言った。しかし彼の目は相変わらず笑っていなかった。
すると、理事長の隣にいる茶髪で長身の女性が口を開いた。
「あなたが武藤エイユウ君ですね?初めまして。生徒会長のブランシェ・フォンテーヌと申します。以後お見知りおきを。」
「あっ……初めまして。1年B組の武藤エイユウです。」
俺の方が後輩のはずなのだが、生徒会長の丁寧な挨拶のためかなり返事に困ってしまった。
生徒会長はなおも続ける。
「話でしか聞いたことは無いのですが……色々、苦労なさっていらっしゃるようですね。」
「え?…えーと、まあ……能力が能力ですから。」
急に気を遣われてしまった。俺『振り逃げ王子』の噂は生徒会長の耳にまで届いているらしい。
「あなたのせいではありませんよ……人の名誉を傷つける生徒は厳しく処罰していかないとなりませんね。」
「はぁ……何というか…ありがとうございます。」
多分生徒会長は、俺が理事長から直接退学勧告を受けていることを知らない。
隣でこの会話を黙って聞いている理事長は、生徒会長が俺に気を遣っていることを、さぞ面白くないことだと思っているだろう。
「水星学園が前進していくためには、生徒の心構えから正していかなければ………!そう思いませんか!?
「あ〜はい…そうですね。」
「………コホン!」
生徒会長が熱く語り始めたところで、テトラが咳払いをした。部屋が一瞬静かになる。
「理事長。お話とは?」
テトラが怒り混じりの凛々しい声で言った。どうやら話を本題に持っていきたかったらしい。
「…申し訳ありません。理事長、どうぞ……」
生徒会長も渋々と語りを止めた。
高級感あふれる椅子に座った理事長は、低い声で話し始めた。
「言うまでもないが、学園内に『レムレース』が現れた。」
分かりきっていることだが、思わず唾をゴクリと飲み込む。
「迅速な対応により混乱は免れたが、生徒会長以外の生徒が『レムレース』を目撃している……武藤君、ヘクター君、君たちだ。」
「学園内……いや、この街に『レムレース』が出現したことは、とても大きな事件です。本来ならば警察に通報し、目撃者として警察の捜査に協力してもらうことになるでしょう。」
生徒会長が理事長に続いて話した。
危うく彼女の話を鵜呑みしそうになったが、一つの言葉が引っ掛かった。
「『本来ならば』?……通報しないんですか?」
俺とテトラは理事長と生徒会長をまっすぐ見る。
生徒会長は一瞬うつむいたが、俺達をしっかり見つめ返し言った。
「二ヶ月後、剣士養成五学校対抗戦……通称『ペンタグラム』があるのはご存知ですよね?」
壁に囲まれたこの街の中には、水星学園を含む、『剣士』の養成に重点を置いている五つの学校がある。
その五つの学校で『剣士』の技能を競い合うのが、一ヶ月後に控える剣士養成五学校対抗戦である……と、入学説明会で聞いた気がする。
一体今回の件と『ペンタグラム』に何の関係があるというのか、俺にはさっぱり分からなかったが……
「水星学園に怪物が出た、と世間に公表されたら間違いなく『ペンタグラム』に出場するどこじゃなくなるでしょう。」
テトラは既に感づいているようだった。
「その通りだ。君たちのような1年生を『ペンタグラム』に出せないのはとても残念な…」
「理事長、ご冗談を。」
少しの感情もこもっていない声でテトラは言った。
「今の水星学園は『ペンタグラム』で5年連続優勝がありません。ただでさえ勝てないのに「今年は出場できない」となれば、学園の信用にも関わってくるでしょう。だからどんな隠蔽工作を使ってでも出たいんですよね?」
敬語ではあったが、かなり毒のある口調だった。むしろその敬語は、学園のやり方に対する皮肉のようにも思えてくる。
相手が親とはいえ、こんなにも物を言える彼女の精神が、臆病者には理解できなかった。
理事長が机をバンッと強く叩いた。思わず身体がビクンッと跳ねてしまった。
「下らん憶測ばかりだな。ヘクター君。」
「私達の口を封じますか?大人たちの勝手な都合で。」
「望みとあらば…。」
強気なのは構わないが、「私達」とか言ってさらっと俺を巻き込まないでほしい。
「『ペンタグラム』を私がこの学園にいる間に制覇したいのは分かりますが、一体生徒の命を何だと思って……」
「口を慎めッ!!」
発言を止めないテトラに、理事長が激昂する。
俺と生徒会長は冷や汗を垂らしながら見守ることしかできなかった。
理事長は顔色を戻すと、さっきまでの言い争いが無かったかのように、淡々とした口調で話し始めた。
「……幸いこの事件における怪我人もいない。混乱を防ぐためにも、この事件を公表しないことを緊急会議で決めたのだ。」
……一見筋は通っているようだが、どうも納得いかない。テトラも生徒会長もきっと同じ気持ちなのだろうが、俺達は何も言い返せなかった。
「君達は、この事件を決して他言しないようにしてくれればそれで良い。これは水星学園……いや、君達の活躍を願っての決断なのだ。」
「……分かってくれますね?」
生徒会長も、先ほどの冷や汗を拭いながら念を押すように言う。
「「……分かりました。」」
何を言っても無駄だと思ったのだろうか……テトラも俺と同時に理事長の要求を受け入れた。
俺達が承諾したにも関わらず、生徒会長の目はどこか悲しげだった。
生徒会長っていい人なんだろうな。
でも結局は都合よく大人たちに使われてしまう。
彼女も、勝手が悪ければ俺のようにすぐ捨てられるのだろう。
俺達生徒は彼等の道具に過ぎないのだ……。
「武藤君。」
「…………あっ、はい!?」
突然理事長が口を開いた。物思いにふけっていたため、反応が遅れてしまった。
「君に話がある。ヘクター君には少しの間、席を外してもらいたい。」
テトラは軽蔑するような目で理事長を見た後、無言で理事長室を出ていった。
本当にこの二人は親子なのだろうかという疑問すら出てくる。
「さて……」
理事長は椅子にもたれ、腕組みをした。そして感情のない目で俺を睨み、言った。
「早速だが、君に一つお願いがある。」
ありがとうございました。
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