階段を上るのは、登山と似ている。
引き続き、俺は暗い水面を漂っていた。
クラゲの気持ちが分かりそうな分からなさそうな、別にどうでも良いような…そんな気分だ。
取り合えず、する事も無いので、また物思いに耽ることにしよう。
そう、王様からお墨付きを貰った俺は、期待とスケベ心で胸を膨らませ、姫に会いに行った。
そして入り口の門前から、塔を見上げている訳だが…。
「てっぺんが見えない」
塔は恐ろしく高かった。首が痛くなるぐらい見上げているが、それでも上層部分が見えない。
何の為にこんな高層ビルを建てたのか、俺にはとんと分からないが、きっと女の子にしか分からないアレやコレなんだろう。ほら、俺たち男には分からない事って、沢山あるからさ。
まあ、なんだ。
お姫様が、塔の74階で俺を待ってるんだ。
勇者であるなら。いや、男であるなら! ここは進む以外の選択肢は無いっ!!
たとえエレベーターが無くても、俺は上りきってみせる!
その先に楽園が待っているのだから!!!
魔王城に突入した時よりも気合を入れ、全神経を研ぎ澄まして。
俺は、姫が居る74階を目指して、大いなる一歩を踏み出した。
辛くなかったとは言わない。辛かった。本当にキツかった。
永遠に続くような階段を前に、何度諦めようと思ったことか。
しかし、俺は自分を奮い立たせた。
弱い魔族なら近寄っただけで死んでしまうような、凄まじい覇気を身に纏って上り続けた。
え? 勇者のくせに、階段ぐらいで大げさだと?
やれやれ…これだから、素人は困るな。
よーく聞いてくれ…いくら勇者でも、階段はキツイんだぁっ!!
確かに勇者になった事で、俺は凄まじい戦闘能力を手に入れた。
身体がゴムのように伸びる、あの男とも対等に戦える(かもしれない)レベルだ。
だが、この勇者パワーには弱点があって、戦闘以外ではほとんど役に立たない。
鋼のような肉体、発達した五感、そういうものがいくらあっても、しょせん身体の持ち主は俺。
ハッキリ言うと、能力を全く使いこなせなかった。
戦闘中は良いんだよ。スイッチが切り替わったみたいに、歴戦の猛者みたいな動きが出来るんだ。
敵の動きは止まって見えるし、ただのフライパン(鑑定済み)を横に構えて殴りつけてるだけなのに、敵が常温のバターみたいに軽々と切れる。
身体も恐ろしく軽くて、息ひとつ乱れない。これぞ勇者! って感じなんだ。
なのに、戦いの場からひとたび離れた途端、残念な俺になる。
旅の最中、こんな事があった。ジャガイモが詰まった袋を重そうに抱える老婦人を見かけ、手伝いを申し出たんだよ。カッコよく爽やかに。
で、いざ持ち上げようとしたら、持ち上がらなかった。少しも。
お年寄りが持てる物を、勇者の俺が持てないなんてそんなバカな!? って考えた俺は、ふんどしを締め直し、再度チャレンジした。…やっぱり持てなかった。
その時気付いたんだ。
もしかして、戦闘以外で勇者スキル使えないの? ってね!
どうだ、参ったか。歴史的大発見だろ。ははは…はぁ。
…話を元に戻そう。
俺はひたすら上った。姫とムフフな関係になるぞという、ひたむきな一念で上り続けた。
ふくらはぎはパンパンに腫れ上がれ、膝もギシギシと嫌な音を立ててた。
止まらない汗のせいで身体が冷え、腹まで痛くなっていたが、それでも上った。
上り続けること数時間、階段の踊り場の壁に、74階の表示が描かれているのを見た時の感動は、エベレスト登頂成功した登山家並みだったな、うん。
足はがくがくと震えていたが、最後の数段を一歩一歩踏みしめ、俺は姫(の部屋)へと続く扉を開け放ったんだ…!!
「お待たせしました、姫! あなたの勇者がやって参りましたよ!!」
人生で1番良い笑顔で、部屋の主にそう言って。