パトラッシュはどこですか?
…もしかして、死んだのか?
気付いたら俺は、水の上にプカプカと浮いていた。
たぶん水だと思うが、あまり良く分からない。
目の前にはタールのような暗闇が広がっていて、何も見えないからだ。
どうにか光を探したいが、悲しいかな。指1本動かせない。
それに、年越しの除夜の鐘にでもなったような、ゴーンゴーンと脳みそに響く頭痛がしている。
あんまりにも酷い痛みのせいで、吐きそうなぐらい気持ちが悪い。
「やっぱ…死んじゃったのかぁ」
ポツリと呟いたひと言への返答は、もちろん無い。
ここは完全な無音で、真っ暗で、周囲に生き物の気配はまるで無かった。
先ほどから浸かってる水からも、全く温度を感じられない。
実感は無いが、これが死後の世界ってやつなんだな…。
俺は日本人にありがちな無宗教だけど、天国はあるんだと思ってた。
死ぬと天使が迎えに来る…とまでは思っていなかったけど、雲の上にあるキラキラした場所とか、三途の川の向こうにあるお花畑とかさ。そういうやつ。
俺らの国ってさ、アニメの国じゃん?
俺ももちろん、小さい頃からアニメに親しんで生きてきたからさ、犬といっしょに天国に行く男の子の話も見てるし、7つのボールを集めてジャジャーン、生き返った! ってのも知ってる訳だよ。
そして、俺が今いる場所は、何と言っても異世界!!
ちょっとだけ、そういう不思議な何かがあるかなぁ…なんて…。
だけど、現実はこんなもんか。
何処までも続く闇。何も無い、ただそれだけ。
唯一救いなのは、ここが意外にリラックス出来る場所だって事だな。
こんな陰気な所じゃ、気分も滅入りそうなのに、何か安心する。
こうしてボンヤリと水面を漂っていると、昔のことを色々と思い出してくる。
そう。そもそも俺は、ただのニートだった。
俺、鈴木太郎(30歳)は、どこにでもいるニート男だったんだ。
高校受験に失敗し、大学も2浪、留年3回。
典型的なダメ男って感じの人生で、せめて就職ぐらいはしっかりしようと頑張ったのに、まさかのブラック企業が勤め先。
残業手当の出ない残業で、帰りは深夜、朝は夜明けと共に出社。
どんどん体重は減っていき、もう駄目だ。辞めよう。
そう決意した次の日、会社は倒産した。よくある話だ。
新しい仕事を探すも、バブーワークが紹介してくれる仕事はどれも、労働基準法って何ですか? って仕事ばっかりで、俺のやる気はすっかり消え失せていた。
ははは、あんまりにもテンプレートな挫折人生で、何か笑えてくるな。
ちょこちょことアルバイトをこなして、何とか細々と生きていた俺に、ある日転機が訪れる。
1通のメールが届いたんだ。
<全ての道はYに通じる! 貴方も生まれ変わってみませんか?>
そんな文面の書かれた、怪しげなセミナーへの勧誘メッセージだ。
普通だったら、そんなヤバそうなもんには引っかからないが、参加するだけで3万円は美味しかった。
で、俺は行っちゃいました。ええ、行っちゃったんですよ。
そこで、見るからに飲んだらいけないドリンクを飲まされ、卒倒し、気付いたら勇者になってました。
はい、おしまい! ちゃんちゃん。
…え? 簡潔すぎる?
いやいや、だって昔の話だし。
既に死んじゃってる身としては、ぶっちゃけ、どうでも良い。
まあ、俺から言えるのは、うまい話には気を付けろって事と、どす黒い紫と緑のジュースを勧められたら、一目散に逃げろって事かな。うん。