第1章 パラダイス星(3)
翌日。
ニコルとダイゴは学校での授業を終えると、すぐに病院へ向かった。
あの謎の男性に会うために。
昨日の緊急処置で、
何とか命は取り留めたようだが、
その後
ずっと眠り続けていた男性。
もう目を覚ましただろうか。
彼は何者なのか。
なぜあんな怪我を負ったのか。
深い絶望の理由は?
絶望していながら、
あれほどの生命力に溢れているのは、なぜなのか。
ダイゴは好奇心を抑えられなかった。
病院の受付で、二人は驚いた。
あの男性は、
最上階の特別室に入っているという。
VIP待遇である。
「あの人、マジで何者?もしかして、ものすごく偉い人だったりして?」
ニコルも謎解きを楽しんでいた。
二人が病室に入ると、
男性は眠っているようだった。
広々とした個室の中には、
立派なソファーやテーブルがあり、数人で会議ができそうな雰囲気だ。
そして、
先客が見舞いに来たのだろうか、
様々な果物がテーブル上に盛られていた。
ベッドで静かに眠っている男性を、
二人はじっと見つめた。
昨日に比べれば、安らかな表情をしているように見えるが‥‥。
まるで
二人の視線を察知したかのように、
男性は突然 起き上がり、
驚いた様子で目を見開いた。
右目はマリンブルー、
左目はエメラルドグリーン色の
瞳である。
(まぁ!なぁんて きれいな瞳なの?)
ニコルは吸い込まれるように彼に見入った。
「ん‥‥?
きみたちは‥‥あの時の!」
男性は、まぶしそうに目を細めて言った。
「はい、そうです!
具合は‥‥いかがですか?」
ダイゴが尋ねると、
男性は二人に穏やかな笑顔を見せた。
「ありがとう。
きみたちは命の恩人です。
本当に本当に、感謝しています。
お二人は‥‥まだ学生ですか?」
「はい、学生です。
オレの名はダイゴ、彼女はニコル。
学校では宇宙全般を学んでいます。
昨日は‥‥」
ダイゴが言い終わるのを待ちきれず、ニコルが割り込んだ。
「ねぇ!教えて!
あんな場所で
ひどい怪我をして、
そしてこんなVIPな部屋で治療を受けてるって、どういうこと?
あなた、謎だらけよ。
いったい何者なの?」
興奮気味のニコルを見て、男性はクスッと笑った。
「これはこれは、随分ご心配をおかけしてしまったようで申し訳ありません。
私はカーロと申します。
今任務を終えて、地球から戻ったところなんです」
「地球!」
思わずダイゴは叫んだ。
「い、行ったんですか?
あの地球ですか?
地球とは交信さえ許されていないはずなのに?」
男性はうなづいた。
「はい、あの地球に行きました。
私はこの星の最高責任者ルーサ氏の指示で動いている人間なのです。
今回事情があって私は一人で地球へ派遣されました。
ちょっとしたハプニングが起こり、
こんなことになってしまいましたが‥‥。
本来なら…
この話は一般の人間にするべきではないのかもしれませんが、
命の恩人である きみたちだけには、
全部 お話しさせてもらいます。
それに…
私の話が聞きたくて聞きたくてたまらないという、
お二人の純粋な好奇心のエネルギーが、
私の胸に突き刺さって、熱くて痛くてたまらないのです」
二人は顔を見合わせて苦笑いした。
二人の疑問は同じだった。
なぜ地球に?どうやって地球に?
嫌でも思い出すのは、
100年前に地球で起きた、あの忌まわしい事件。
ただ一人の生存者、
最高責任者ルーサ氏が戻って来て以来、
危険過ぎる地球には誰一人行っていない、
行くはずがない、と思っていたのに。
しかも三万光年も離れた地球に。
ダイゴが口を開いた。
「やはり‥‥ワープですよね?
地球に行く手段は。
身体を瞬間移動させるんですよね」
「えぇ、その通り 」
「やはりそうですか。
確かに ワープの実験結果については、
近い惑星の場合、
成功例が数多く報告されています。
でも‥‥三万光年ですよね?
地球は、途方もなく遠い惑星です。
瞬間移動で行くなんて、
とても人間ワザとは思えない!」
「学生さん?『私たちにできないことは
何もない』
学校で学びませんでしたか?」
「‥‥はい、学びました。
オレたちは宇宙の中でも
最も優れた生命体でしたね。
脳や意識の使い方を完璧に把握している。
他の星の人間とは比べものにならないほど進化している」
「全く、その通りです」
「でもワープは、
800年以上 生きた者でなければ
習得できないと言われていますし、
年齢を重ねても習得できない者もいるようですが 」
「確かに ワープは特殊な訓練が必要です。
私は、最高責任者ルーサ氏のもとで長い間、訓練を受けてきました。
私はルーサ氏を、敬愛を込めて
『ボス』と呼んでいますが、
私が140歳の時に
ボスに弟子入りし、
今までの約400年間、
ずっと訓練を続けてきました」
「あなたはまだ540歳ということですね。
その年齢でワープを習得されたのですね」
「そうです」
「ねぇ‥‥最高責任者ルーサ氏は、いったい何歳なの?
年齢不詳でしょ?
何万年も生きてそうよね〜」
「私も知りません。
たぶん誰も知らないでしょう。
あの方は‥‥
神ではないかと思う時があります。
ボスは身体中から光を放っていて、直視できませんから。
彼のワープ能力は、本当に
神業的な素晴らしさです」
「私もワープしてみた〜い!
やり方のコツ、教えて!教えて!」
ニコルが楽しそうに騒いだ。
「実は意外に簡単なんです。
必要なのは、強い精神力。
これのみです。
長年の経験と共に
身につくものかもしれません 」
「でも〜」
ニコルは納得できずにいた。
「でも、でも、地球との関わりは、
法律で禁止されてるでしょ?
法律違反じゃないの?」
男性は穏やかに答えた。
「そうですね。
私は法律違反を犯しました。
でも このパラダイス星には、
法律はあっても
罰則はないんです。
罰則がないから破っていいわけじゃありませんが。
そもそも、
なぜ地球との関わりが禁じられているのか、知っていますか?」
「は〜い!」
ニコルは手を挙げた。
「地球と関わるのは、危険だからです!」
男性はゆっくり首を振った。
「いいえ。
それが理由ではありません。
本当の理由は、
『地球の進化と発展を促すため』です。
もし我々が
援助をしてしまえば、確実に
そうです、確実に、
地球人の『脳の活性化』や『進化』を妨害することになるのです。
なぜかって?
地球人の場合、
最低最悪のドン底状態を体験しない限り、
本来の能力が発揮されないようです。
『火事場の馬鹿力』
という言葉があるようですが、
地球人は、
パニックに陥るほどの大ピンチの時に限り、
本来の超能力が使えるようなのです。
100年前にボスが地球へ行って
地球人を観察した時、
それを発見したのです!」
ダイゴの目が輝いた。
「大ピンチになった時だけ、
本来の能力が目覚める?
地球人は、やはり面白い!
なるほど、
地球との関わりを禁止する理由は、
地球人の進化を信じて
見守っているから、
ということなんですね。
すべては愛ですね!」
ニコルは口を尖らせた。
「でも〜、結局は、地球はこのまま滅亡するんじゃないの?
『もう近いらしい』って、学校のみんなも言ってたもん」
男性は表情を曇らせた。
「ええ。実は‥‥とても深刻な問題が起きているのです。
地球人が作り出した有害ガスによって、地球の大気が汚染されているのは知っていますね。
汚された大気中で化学反応が起き、恐ろしい有害物質『Rp44』が発生しました。
Rp44は、今まで多くの惑星を殺してきた悪魔です。
悪魔により、地球を覆っている空気は今、徐々に消滅しています。
Rp44が一度発生してしまうと、もう取り返しがつきません。確実に増えていくのです。
地球人はまだ、気づいていません。
有害物質『Rp44』の存在さえ、
理解できていません。
このままでは
約100年ほどで、
地球の空気はすべてなくなり、
生命は絶滅するでしょう‥‥」
「え〜!あとたった100年!?
どうするの?
ねぇ!
どうするつもりなの?」
ニコルが叫んでいる隣で、ダイゴは冷静に状況を分析していた。
( 数百種類の有害物質を混ぜ合わせて、故意に化学反応を起こさなければ発生することのない『Rp44』が、自然発生するとは!
もし地球人がこのまま
今の生活を続けたら‥‥。
きっと100年も持たない‥‥)
男性は話を続けた。
「もちろん、
パラダイス星の責任者会議では、
どうするか大論議になりました。
どうやって地球人を救出するか?
ワープ技術者を地球へ送り、
地球人をこの惑星へ移すしかない。
しかし、
高度なワープ技術者は、
私を含めて20人しかいません。
たった1回のワープでも
大変なエネルギーを消耗しますから、
何度も続けてワープするのは、
自殺行為です。
だからと言って、
多くの人間を同時にワープさせるのは難しい。
力が弱ければ
宇宙空間のブラックホールに
吸い込まれる危険もある。
そして、問題はまだあります。
地球人の凶暴さ。
100年前の失敗を
繰り返すわけにはいかないのです。
地球人が攻撃するかもしれない。
捕獲しようとするかもしれない。
もし運良く
地球人をこちらに連れてくることができたとしても、
彼らは将来、この星までも破滅させる結果にならないか。
ここで平和に暮らしているパラダイス星人を危険にさらしてまで、
地球人を助けるべきなのか。
多くの問題が指摘される中、
ボスは言いました。
「パラダイス星から130光年ほど離れた場所に、地球より少し小さい惑星があります。
最近 調べた情報によれば、
空気も水もあるようです。
ただ、
食糧となるものがありません。
そこを今から開拓し、
『第二の地球』にしましょう。
助けられる地球人が
ごく少人数の場合でも、
そこで繁殖させましょう。
地球人の絶滅という、最悪の事態は避けられます。
ただ‥‥
一番の問題になるのは、
地球へ誰が行くのか、ということでしょう。
地球人と接触することも、
ワープで救出を行なうことも、
非常に危険な任務です。
もちろん強制はしません。
‥‥希望者を募りたいと思います。
地球に行かないと決断した者には、
第二の地球を整備する役割があります。
とにかく時間がありません。
すぐに決断して下さい!」
結局‥‥
地球行きを希望したのは
私一人でした。
私以外の者には、
愛する家族がいたからです。
妻や子供達を残して、
死ぬかもしれない危険なことを引き受けるわけにはいかない‥‥
これは当然のことです。
私には妻も子もいませんでした。
両親も、
ワープ修行中の事故で
亡くしています。
私は両親が亡くなった後、
ボスに憧れ、ボスの役に立ちたいという強い思いで、
ワープの修行を続けてきたのです。
地球に行くことに
何の迷いもありませんでした。
しかも、
数日前に脱皮し終えたばかりの私の身体は、
コンディションも最高に良い状態でした。
地球への出発の日に、ボスは言いました。
「カーロ。
あなたが暴走しないよう、まず言っておきたいのです。
大勢の人を救いたいと願うのは、
当然の感情でしょう。
しかし、何度も言うようですが、
ワープは何が起こるかわからない。
多人数でのワープは、
命にかかわり、非常に危険です。
救出に向かう者が
あなた一人なのですから、
連れてくる地球人は
最小限に、
男一人と女一人にしなさい。
その二人が、
第二の地球で、
アダムとイブとなるのです。
むかし神が
地球にアダムとイブを
住まわせたように、
あなたが神となって、
それを成し遂げて下さい。
人間の選択は
あなたにまかせます。
心から
成功と無事を祈っていますよ 」
私は興奮していました。
400年のワープ修行の結果を
試す機会が与えられたこと。
人命救出の役に立てること。
こんなにやりがいのある任務は
他にありません。
私は羽を大きく広げました。
地球までの距離、方角、位置を、
頭の中で正確に合わせます。
そこに、全エネルギーを傾けます。
( 地球へ!)
何度も何度も何度も念じます。
そしてーー
私は本当に、
地球へ行くことに成功したのです!」
〈 続 〉