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異世界フィールドワーク  作者: 高橋 右手
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3日目

3日目


 何事も決断は早い方が良い。普段からあれやこれやと悩みすぎて行動に移せないのは悪い癖だ。特にこんな状況では悩んでいる余裕なんてあるはずがない。

 お菓子があることで低血糖は防げているが、遠からず脱水症状や空腹による虚脱が襲ってくる。動けなくなってしまったら、私を待つのは最悪の結末だけだ。


 私は水を求めて森の中を一日中歩き続けた。これだけ豊かな森ならば、池や湧き水の一つもあって良いと考えたのだ。コンパスアプリと太陽の位置を頼りに南だろう方向に向かいながら、水の流れる音や気配を求めた。

 一昨日から摂取した水分は500mlのお茶だけだ。唾液もほとんど出なくなっていたので、口の中は張り付き、舌が不健康にざらざらとしていた。アメで多少の電解質が摂取できていなければ、今頃はしびれや脱力など中度の脱水症状が出ていることだろう。植物の蒸散作用で森の中が程よい湿気で満ちているのも幸運だった。しかし、それでも限界が近かいことぐらい分かっている。

 水分として見つけられたのは、苔が群生している湿った地面や土の窪みに溜まった泥水だけだった。どれも飲めるようなものではない。

 その代わりにだが、いくつかの食料を発見することができた。

 まずは黒紫の小さな果実だ。ひと粒が小指の爪ほどのサイズで、木の先端に5~10個ほどまとまってなっていた。ブドウに似ているけれど、品種改良などされていない力強い不格好さがあった。見つけた時、ちょうどリスのような小動物が食べていたのでそれほど危険ではないだろうと判断した。もちろん、コアラなど人間にとっては有害な植物を糧とする生き物も存在する。身体が大丈夫だとしても、腸内細菌的にアウトという可能性もある。

 私は実を一粒潰すと、その紫色の果汁を二の腕の内側に擦りつけた。気休め程度だがパッチテストだ。

 30分ほど待って塗りつけた箇所を確認すると、紫の汁が渇いただけだった。刺激の強い物質は入っていなそうだと判断し、次に果汁を舐めてみた。

 かなり酸味が強かった。カラカラに渇いた口の中にまた唾液が滲み出るほどだった。今度は一粒まるまる食べてみた。多少の青臭さと、なにより酸っぱさにほっぺたが悲鳴を上げた。飲み込んだ後には舌に若干の渋みが残った。

 美味しいものではないけれど、食べられないものでもないということが分かった。ビタミンとかは豊富そうだと自分に言い聞かせて、口の乾きを癒すのに30粒ほどを平らげた。

 野生の果物は育成環境によって、味がずいぶん変わると聞いたことがある。畑の作物だって日照時間や土の栄養素で糖度などが変わるのだから当然だろう。今日食べた黒紫の実が特別マズイものだったと思いたい。

 他に赤い果実も見つけたけれど、なっているのが木のかなり高い位置だった。私は木登りに自信がないので諦めるしか無かった。あれはきっとものすごく酸っぱいかとてつもなく渋いに違いない。

 果物ではないけれど、何種類ものキノコが森の中に生えていた。比較的簡単に見つけられるのが焦げ茶色の傘とベージュ色の柄を持つキノコだ。その地面を掘ってみる樹木の根から生えていた。植物の根と共生する松茸のような菌根菌タイプだろう。

 また樹の幹から手に平よりも大きな赤い傘を張り出すキノコも多く見られる。これはサルノコシカケなどに見られる腐朽菌タイプだろう。

 きのこは主にこの二つのタイプに大別される。なぜ私がこのように回りくどいこと書いたかというと、第三のタイプとでも呼ぶべきキノコがこの森の中には存在していたからだ。

 私が倒木に腰掛け休憩をしていた時だ。石の上に10センチほどの大きさのキノコを見つけた。茶色の丸い傘に白い柄、しめじを太らせたような格好をしていた。キノコは石から生えているのではなく、置かれているように見えた。エサとして咥えた小動物が、落としていったのかもしれない。もしそうなら毒性がない可能性が高いと私は期待した。まともな食物が見つからなければ、こういったキノコを食べる賭けをしなければならない。

 念のため、近くにこのキノコを食べた動物の死骸がないか確認しようと近づいた、その時だ。

 キノコが二本の足でおもむろに立ち上がったのだ。私は驚き思わず後ろに下がった。私の存在に気づいたキノコは遠ざかるように移動を始めた。見ると、小さいながら手のようなものを振って走っているのだ。我に返った私はキノコを追いかけたけれど、草木に阻まれすぐに見失ってしまった。

 果たして、あれは本当にキノコだったのだろうか。竜がいるぐらいだ、キノコに擬態した未知の虫や小動物という可能性も考えられる。次に見つけた時は是非、確保したいところだ。寂しさを紛らわすぐらいの役に立つかもしれない。


 今日はかなり疲れやすかった。栄養と水分が足りていないせいだろう。集中力も続かなくなっていた。このまま無理をして進んでは怪我の心配もあると、早めに野営地を定めることにした。

 そうして、薪を集めてきた時だ。茂みから何かが這い出してきた。茶褐色の蛇だった。もちろん正確に蛇と断定することは出来ないけれどこの際、蛇と呼んで構わないだろう。

 この時、集中力を欠いていた私は、驚きのまま反射的に持っていた枝を蛇に投げつけてしまった。これがいけなかった。枝は地面をペチリと叩き、蛇を怒らせてしまったのだ。蛇はいつでも私に飛びかかれるように身体を曲げてバネを溜めると、尻尾の先を小刻みに振動させた。

 明らかに威嚇行動だ。このまま逃げ出してしまいたいところだが、蛇を挟んで向こう側に鞄がある。薪集めに邪魔なので置いてきてしまっていた。

 蛇は去る気配を見せないどころか、脅すように私の方に近づいてくる。私は後ずさりしながら、武器になるようなものを探した。蛇なら毒があるかも知れない。遠距離から追い払いたい。地面に落ちている小石を蛇の近くに投げたが、興奮しているのか蛇は私を睨みつけてくる。もしかしたら獲物と見られていたのかもしれない。

 後退を続けていると、長径20センチほどの大きな石が転がっていた。私は蛇を刺激しないようにゆっくりと石を取ろうとする。しかし、蛇は黙ってみていてはくれなかった。迫り来る蛇に向かって、私はとっさに両手で抱えた数キロはあるだろう石を投げつけた。

 たいした狙いもつけずに放った石だけれど、幸運な事に石は蛇の頭部を地面に押しつぶしていた。蛇の胴体が苦しそうに悶える。生きているのか、筋肉の反射か分からないが、私は石を両足で踏みつけて確実に蛇へとどめを刺した。しばらくして蛇は動かなくなった。心象的には大蛇だったけれど、冷静さを取り戻して確認すると全長は1メートルも無かった。

 石を退かすと地面に赤黒い血が広がっていた。蛇の頭部はそれほど潰れていなかった。

 蛇の生き血といえば、滋養強壮や精力増強として飲まれることもある。単体で飲む以外にも、臭みを消すためにお酒と一緒に飲む方法もあるらしい。

 血液は栄養が豊富だ。蚊や蛭、吸血コウモリなど他の動物の血を吸う生物もいる。少々臭い生理食塩水と考えられなくもない。

 考えられなくもないけれど、蛇の生き血は飲む勇気はなかった。しかし、肉はいけると思った。

 食べると決めたのなら調理しなければならない。蛇にも死後硬直はあるだろうから、火起こしよりも先に処理することにした。

 注意すべきは牙だ。もしこれが毒蛇なら死んでいても毒が残っている。だから蛇を殺傷した場合、焼却処理する時間がない場合は土に埋めなければいけない。

 私は中途半端に潰れた蛇の頭を靴で踏みつけ、首の辺りを落ちていた石でゴリゴリと擦り潰すようにして切断した。潰れた頭部は軽く掘った穴に入れ先ほどの石を上に乗せた。ヘビ毒を用いた毒矢などに使えるかと一瞬思ったけれど、弓を作る技術も射る腕もない。

 不格好に切断された皮を摘み、尻尾の方へ引っ張ってみた。最初はひっつくような抵抗があったけれど、べろりと捲れ取っ掛かりができた。そのまま力を入れると、皮自体の弾力性のお陰でかなり簡単に剥くことができた。光沢のある白っぽい肉があらわになった。

 内臓の処理は面倒かと思ったけれど、サンマの骨を取るよりも簡単だった。剥き身なった蛇の腹部はナイフで切れ目を入れたかのように、内蔵が露出していた。管状の消化器官や豆粒ほどの内蔵を引っ張り出せば良いだけだった。ライオンなどの肉食動物は、ビタミンやミネラルを摂取するためにこの内臓から食べ始めるというが、私は遠慮することにした。肉となった蛇を大きめの葉っぱに乗せると、原始人の気分が味わえた。

 生臭くなった手を、その辺の葉っぱや岩に生えた苔に擦りつけて血を落とした。完全に臭いが落ちたわけではないけれど、多少はマシになった気がする。嗅覚細胞が疲れているだけかもしれない。

 焚火の準備をするために銀紙を剥がして思った。チョコと一緒なら蛇の生き血もイケたのではと。初めて蛇を解体して神経が高ぶっていたからの気の迷いだろう。

 蛇肉をぶつ切りにするのは難しいので、そのまま丸焼きにすることにした。串が燃えてしまわないように大きめの生枝を選び、巻きつけるように串刺しにした。

 焼き時間の目安は分からない。肉の焼ける匂いだけで、口の中がもぞもぞして落ち着かなかった。それでも我慢して、表面に焦げ目がつくまで遠火でじっくりと焼いた。

 ホカホカと湯気を立てる食べ物は、なんと神々しいのだろう。一口かじっただけで、身体の中に活力が戻っていくような感じがした。肉の味はその感動を追うようにして、後からやってきた。

 鳥のささみ肉によく似ていた。焼き過ぎたからか、元からそういうものなのか、肉汁の感触はあまり無い。軟骨質がアクセントになっていて、噛むたびに旨味が増す感じだ。食事量が減っているので多く咀嚼して、内臓に負担をかけないようにするのにちょうど良かった。

 塩か醤油でもあれば、もっと美味しく頂けるだろう。半分ほど食べ進んだところで、灰をほんの少しだけ肉にかけてみたけれど、塩の代わりにはならなかった。しかし木灰にはカリウムが多く含まれている。カリウムは人体に必須なので摂取しておくべきだ。また灰は強アルカリ性なので、多少の殺菌作用も期待できる。多めに枝などを燃やし、炭化した木と一緒にビニール袋に入れて、持ち運ぶことにした。

 蛇一匹はなかなか食べごたえがあり、満足度の高い食事だった。空腹から開放されると、急に疲れが襲ってきた。

 このまま寝てしまうおうと横になったけれど、眠れなかった。蛇の強壮作用かもしれない。仕方なくこの日記を書くことにしたのだった。

 今はもう頭上でキラキラと星が舞っている。思考も鈍り、寝るのにはちょうど良い。

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