09 ポンコツ家事とドキドキ風呂
「…………」
ヴェルナが無言で家の中を掃除している。床はフローリングワイパーを使い、畳は掃除機を使うだけだ。毎日やれば、清潔さは保てる。ただし、一日でもサボるとやばくなっていく。毎日フローリングワイパーをかけても、ワイパーシートにはそこそこほこりやゴミがついているものだ。あとは、一週間に一度ぐらい、固く絞った雑巾で掃除をすればいい。
掃除以外にも、食器洗いと洗濯をたたむのはヴェルナが手伝ってくれる。どれも家事の中でも負担の低いものだが、それでも手伝ってくれるというのは色々と助かるものだ。
残りの二人の居候はと言うと、一人はゲームのレベル上にいそしみ、もう一人は木の上で昼寝をしている。
「いやあ、ヴェルナはいい子だねえ」
俺はヴェルナの頭を撫でる。とはいえ、帽子を脱がないので、後頭部とでか口の両方を撫でることになるが。いや、面積を考えるともはやでか口を撫でていると言っても過言ではない。
「ボクに惚れると火傷するぜぇ」
でか口が生意気なことを言っている。白い帽子のはずなのに、器用なことにほんのりピンク色になっている。一体どういう仕組なのやら。
「なあ、帽子を取っていいか?」
「……ふるふる」
帽子を取るのはダメらしい。帽子の下がどうなっているのか気になって仕方ないが、詮索するとヴェルナが嫌がるのでそれ以上のことは言えない。
それにしても謎な子だ。こうして見るとおとなしいを通り越して無口で照れ屋な小学生高学年といった感じだが、この前白いロングコートの下が隙間からちらっと見えたのだが、白とは真逆の黒だった。なんか銀色の鎖やボタンがいくつか見えたのだが、あれは一体何だったんだろう。
そう言えば、ヴェルナの部屋は立入禁止にされているが、部屋から音が漏れているんだよなあ。あれだ、電車の中で空気の読めない兄ちゃんが爆音にして、イヤフォンからロックなミュージックが駄々漏れになっているような。
「よし、レベルアップ!」
そんなワカエの嬉しそうな声が聞こえてきて俺の思考が中断される。
「飽きもせずよくレベルアップ作業を延々としていられるなあ」
「こういうのってさ、一度作業がパターンにハマると、なんか黙々とやっちゃうんだよねえ」
「あー……」
その気持ちはちょっと分かるな。アクションゲームよりも、SLGやRPGを好む俺も、たまにやめ時を見失う時がある。
「それはFPSメインのクには分からないなあ」
でか口が割って入ってきた。実際にプレイしているのはヴェルナなわけだが、プレイ光景を見ると、マウスを機敏に動かして敵を次々ヘッドショットする姿はどこか恐ろしいものがある。ヴェルナが普段と変わらない無表情だから余計に。あ、ゲームをしているときはいつもより目を赤く光らせているような気はするが。
「ワカエもたまには家事を手伝ってくれよ」
「ヒラタケの料理だけは私が作ってあげてるじゃん」
「そうだけどさ」
基本的に食事は俺が作っている。まあ、レトルトや冷凍食品のことが多く、真面目に料理を作るのは、たまたま料理本で面白そうなものを見つけたときか、中華の調味料を使い切る必要に迫られたときか、もしくは毎度おなじみの鍋料理ぐらいのときだが。
そんな中で、ヒラタケを提供するワカエは、いつしか自分から料理を振る舞うようになっていた。あくまでおかずの一品のみなので、それ以外は俺が作る必要があるわけだが。
「ワカエは料理がうまいからなあ、ボクの肥えた舌でも合格点をあげられるよ。それに比べて……」
俺たちの視線は、庭の木の上で昼寝をしている月夜に注がれていた。いや、いつの間にか起きているな。バツの悪そうな顔でこちらを見ている。
「お、おはよう?」
「おはよう、じゃないよ。同じ毒キノコとして、そのタダ飯ぐらいぶりは恥ずかしいんだけど」
「だって、私、何もできないもの」
「うわ、開き直ったよ、この女」
月夜とヴェルナがぎゃーぎゃーやりあい始めたので俺はその場を仲裁する。正直ヴェルナの方に理があるが、ギスギスした雰囲気は嫌いだ。
「わかったわよ、やってやるわよ!」
目から緑色の光を放ち、月夜は腕をまくった。
「米は水の入れ過ぎでベチャベチャ、野菜は皮をむかずに適当に切っただけ、食器洗いで皿を二枚割り、掃除ではしょうじに穴を開け、洗濯物を二階から庭に落下させる、などなど」
でか口が淡々と月夜の家事手伝いの結果をまとめあげた。
うん、これはひどい。
「……月夜、悪い、同じ毒キノコだからボクができることは月夜もできると思っていたよ」
でか口がいつになく優しい口調でorzの格好でへこんでいる月夜に語りかけ、月夜の肩をヴェルナが優しくポンっと叩いている。
「ま、まあ、家事は少しずつ覚えていけばいいんじゃないかな」
「まったく、今までどうやって生活していたのやら」
「ゴス仲間の初ちゃんが時々様子を見に来てくれたから」
「初ちゃん?」
「ハツタケのキノコの精霊だね。あの子はいわゆる和ゴスってやつだけど」
それから俺たちは月夜をなぐさめる流れへとなった。なんというか、思ったよりダメなキノ娘だったんだなあ……。
「ふう……」
今日は疲れた。風呂のこの時間が俺の幸せタイムだ。
そのとき、脱衣場の方から何か音が聞こえてきた。あれ? 俺が入浴中って貼り紙をしていたはずなんだが。
「タケルー、背中流してあげるー」
「その声は月夜!? 余計なことはしないでいいって! 入ってくるな!」
「おじゃましまーす」
ガラガラと音を立てて容赦なく月夜が入ってきやがった。なお、我が家は結構な豪邸の部類に入るが、風呂は別に広くはない。アニメなどだと泳げるレベルの広さがあるが、我が家の風呂一・五坪だ。一般的な風呂が一坪らしいので広い方と言えるだろうが、それでも扉を開けたらバスユニットはすぐ目の前だ。
「きゃー」
「男のタケルがその台詞はないんじゃない?」
月夜の格好は、いつものそれと変わらなかった。
……なんだ。
「あ、今露骨に残念そうな顔をした。裸とか思った? スケベ」
月夜はニヤニヤと笑ってこっちを見る。まあ、多少期待しなかったと言ったら嘘にはなるが、こういうシチュエーションで裸で入ってくる方が珍しいからなあ。
「いや、このシチュエーションはそっちの方がスケベだろ」
「こういう時は男がスケベって相場が決まってるのよ。はいはい、背中を流しに来たんだからそこから出て背中を向けなさい」
一体何を言っているんだろうか、こいつは。
「……恥ずかしいんだけど」
「男が何を恥ずかしがっているんだか」
「いや、恥ずかしいだろ」
「ひょっとして、その腰につけたエノキを見られるのが恥ずかしいの?」
「し、失礼な! エノキなんかじゃない!」
安い挑発に乗って俺はバスユニットから出る。まあ、あそこは手で隠しながらだが。背中を向ければ、まあ男的には恥ずかしいところはほとんどない。でも、一応白いタオルを太ももにのせておく。
「はい、それじゃ洗ってあげるわね」
そして、月夜はタオルに石鹸を十分につけると、ごく普通に俺の背中を洗い始めた。適度な強さでなかなか気持ちがいい。
「服、濡れちまうぞ?」
「そう言って脱がす気? えっち」
「いや、そういうわけじゃないが」
「キノコの精霊が着ている服は濡れてなんぼなの。私たちは湿度が高いところが好きだしね」
そういうものなのだろうか。
「……なんでまた急にこんなことを」
「……気まぐれよ」
「今日のことは別に気にしてないぞ。お前も気にするな」
その言葉に、月夜は背中を洗うのをやめて、俺の背中に抱きついてきた。月夜の大きな胸の感触が背中に伝わってきてやばい。俺のエノキ、もとい、えっとシメジぐらいのものがカエンタケになってしまう。
「……気にするよ。私、家事が苦手で何もタケルのためにできないもん。居候している身としては、せめてこのぐらいは……」
「いや、なんか典型的な悪役金持ちみたいな感じでちょっと」
「でも、嫌いじゃないでしょ……」
その言葉をわざわざ耳元で囁く月夜さんは鬼だと思う。前かがみになってしまうというか、もはやならざるをえない。タオルをもう一枚太ももに追加だ。一枚だけだと心もとないから重みを増やすしかない。しかし、風呂場にあるタオルはもはやこれだけ。さすがに脱衣所に追加で取りにいくのは不自然すぎる。
「大丈夫よ。私はこうして服を着ているんだし、ただ背中を洗っているだけなんだから。それに、テンパってるタケルを見るのは面白いから、まあwin-winって感じでいいんじゃない?」
そして、背中をあますことなく洗われた。まあ、耳元で囁くぐらいでそれ以上のいたずらはしてこなかったし、シャワーで背中の泡を流すと特に何事も無く出て行ったし、本当にただ背中を流すだけだった。不健全な雰囲気があったが、このぐらいなら健全の範囲だろう、うん。
風呂を出てから月夜にすぐ会ったが、いたっていつも通りの月夜だった。まったくもって何を考えているか分からない。
これ以降、月夜は俺の風呂に乱入しては、時間をかけて背中を流すのを日課とするのであった。
あまりエロくするのもアレなので、軽くこのぐらいで。