08 ヴェルナというキノ娘
「さて、色々聞きたいことはあるんだけど……」
俺はアマニタ・ヴェルナと名乗ったキノコの少女を居間に連れてきた。ワカエと月夜も合わせて四人分のお茶を用意してテーブルの上に載せている。
ヴェルナはちょこんと正座で座っている。見た目は非常におとなしそうな少女なのだが……やはり帽子についている大きな口が気になる。
「おいおい、あまり見つめないでくれよ、照れるじゃないか」
「えっと……確かシロタマゴテングタケって言ったっけ」
俺は帽子を無視してヴェルナに話しかける。ヴェルナは俺を上目遣いで見ながらもじもじしていたが、しばらくして小さく頷いて、手から白いキノコをにょきっと生み出す。ワカエも同じことをやっていたけど、どういう仕組みなのやら。
「……食べる?」
気をつけないと聞き逃してしまうような小さな声でヴェルナは言った。
「テングタケって、基本的に毒キノコだよね? 全部がそうかは知らないけど」
「シロタマゴテングタケは猛毒だよ。一本食べただけで死ぬこともあるから注意してね」
ワカエの言葉に冷や汗がつたう。やっぱそうだよね、テングタケだもんね。
「とりあえず、それ、しまっておこうか」
「残念……」
ヴェルナは小さな声で呟くと、出したキノコを服の中にしまった。残念ってどういう意味なんだろう。色々と気になるが、怖くて聞けない。
「それよりヴェルナ、あんたどうやってここに来たのよ」
「月夜とワカエが実体化しているからねえ。ボクが気づかないとでも? もっともワカヨはヒラタケ属、月夜はツキヨタケ属だからここを探すのにちょっと時間がかかったけどさ。テングタケ属の仲間がいればもっと早く特定できたのに」
帽子の口が饒舌に語っている。やっぱりキモい。あれ、本当に帽子なのか? 帽子に見えて実は頭と直結……いやいやいや、考えたら怖くなるからやめよう。
「でも、実体化できる範囲内に着床できたのが、あそこの小屋だけでさ。土がないから大変だったよ。原木から生えるなんて本当はできないからね。この区画がキノコエネルギーに満ちてなかったら無理だったね、ほんと」
ん?
「ちょっと待った、そのキノコエネルギーって怪しげなものは何?」
「あんただよ、人間。えっと、タケルって言うんだっけ? タケルからは、ボクたちキノ娘が実体化できるだけのエネルギーを放出しているの。たぶんワカエから聞いているんじゃない?」
ああ、そんなことを言ってたっけ。
「そう言えばそうだったな。確か、この街全体を軽くカバーするとか」
「そうそう。でも、それはちょっと盛りすぎかな? 確かにこの街全体っていうのは間違っていないけど、ボクたちを実体化できるだけの強い力は、そうだね、この家の周辺と、あとは君の近く……たぶん十メートル範囲内ぐらいだね」
俺はワカエを見る。すると、ワカエは口笛を吹いてそっぽを向く。
「私さ、そこまで細かく調べるの苦手なんだよねー」
「まあ、それで何か不都合があったわけじゃないからいいけど」
ずずず……
あ、お茶はヴェルナが飲んだな。よかった、帽子のでかい口にお茶が注がれたらどうしようかと思ったよ。
「ってことは、もしかしたらお前たちは外出できないのか?」
「そうよ。私がいつも木の上にいるのは、決してぐうたらしているわけじゃなくて外に出ることができないからなの」
月夜がふふんと胸をそらす。そういう行動だけで胸がたゆんと揺れるのは実に眼福であるが……。
「いや、家の敷地内なら大丈夫ってことだろ。少しは家事を手伝ってくれよ」
俺がジト目で言うと、月夜はさっと目をそらす。ワカエの方を見ると、やはり目をそらす。まったくこいつらときたら……。
「それじゃ、どうあがいても外出できないのか?」
「タケルが傍にいるなら実体化したままいられるわね。そもそも私と会ったのは外だったじゃない」
「……もしかして、あの時月夜が急に現れたのは、待ち伏せしていたものとばかり思っていたけど、俺が近くにきたことで実体化ができるようになったわけか」
「そうよ。あのスーパー以外にも、いくつかの場所に私の分身がいたんだけど、一番近くに来たのがあそこだったわけ」
俺がスーパーに行く前に売れていた可能性もあるんだよな。その場合、食中毒騒ぎになっていた可能性があったから運がよかったものだ。すでに売れていたものにはツキヨタケが混ざってなかったと思う。何かあったらニュースになっていただろうし。ただ、ツキヨタケ注意報とかなんか出されていたな。キノココーナーに写真つきでツキヨタケの判別の仕方もあったっけ。
おっとなんか話が逸れたな。今はヴェルナのことをもっと詳しく聞かないと。
「ところで、君の目的は?」
「そこの二人と同じだよ。人間界に興味があったのと、タケルの傍にいたら何か進化するんじゃないかってね」
「うーん、進化の方はどうなんだろう。俺にあまり期待されても……」
「それについてはあくまでボクたちの間で噂されているだけだからね。本当に進化みたいなことが起きるとはあんまり信じてないかな」
……なんだ、ちょっとガッカリしたぞ。
「でも、タケルのキノコエネルギーは本物だな。ここにいるだけで、なんか力がみなぎってくるような気がする」
そして、ヴェルナがこちらにトテトテとやってきた。
「……これからよろしく」
上目遣いで頼まれたら断れないだろう、うん。
「あまりだらしない顔をするなよ、ロリコン」
上の口は言葉遣いが悪いな。そして、気になることが一つ。
「ちなみに、上の口が本音かな?」
こういうタイプによくありがちな設定だからとりあえず聞いてみると、ヴェルナはビクンと震えた。
……これは図星ってことだろうな。
「……あ……う」
おー、なんかテンパってるぞ。本体という言い方が適当か分からないが、本体の方が汗をだらだらとかいて目が泳いでいる。このテンパリ具合をもっと眺めてみたいが、それは可哀想か。
「いや、俺はあんまり気にしてないぞ。陰口を言われるよりは、正面から色々言ってくれる方がいいからな」
俺はでか口を撫でる。キモいけど、本体の一部分と考えれば許せる。そのでか口から胞子みたいなのが常に出ているのがとても気になるが、害があるならワカエや月夜がすでに何か言ってくれているだろう。
「タケル、意外に話が分かるじゃないか」
ヴェルナがこっちを見て親指をグっと立てる。目が赤く光っているのは何らかの感情の表現だろうか。
「可愛いから問題なしなのさ」
「最低だな」
撫でていた俺の右手に噛み付くでか口。まあ、あまり痛くないあたり、本気で噛み付いているわけではなさそうだ。でか口を左手で優しく撫でると、「しょうがないなあ」と言って解放してくれた。
「なんだろう、ちょっと疎外感を感じる私」
「同じく」
「あれか、タケルはロリコンだったか」
「私もワカエも胸が大きいアンチロリコンってこと?」
なんかワカエと月夜がひどいことを言っている気がする。俺は胸についてはどっちも好きなんだが。
「で、でも、私は美味しいヒラタケを提供しているし!」
「う……私、やばいかも」
あー、月夜はねえ、うん、本当にただの居候って感じだよな。まあ、目の保養になっているから俺としてはそれでよしなんだけど。
「さて、ヴェルナ、部屋はまだいくつも余っているから好きなところを選んでいいぞ」
「……うん」
と、このようにして、アマニタ・ヴェルナが我が家の三人目の居候となった。
これでキノ娘が三人
巨、巨、貧