07 三人目
今日も今日とて俺は家事に精を出す。買い物以外で外出しない俺にとって、家事は数少ない体を動かす行為である。それに、少しでも家事をサボると、あとでサボった時間以上の労力がかかるのは経験上骨身にしみている。
そんなわけで、今は掃除機をかけているのだが……。
「レアアイテム出ないな~」
ワカエが寝転びながらゲームプレイに熱中している。非常に邪魔だ。声をかけて動かそうとしても、面倒くさがりのこいつは自分から動こうとしない。だから、膝とへその辺りを両手で支えて平行移動させる。
「よっこらしょ……」
「私、かけ声をかけなくても持ち上げられるよね? 重くないよね?」
「毎日食っちゃ寝していると太るぞ」
「がーん……」
それでも、動かない。精霊が太ったりするのかどうか知らないが、太ったら指をさして笑ってやろう。
掃除機をかけ終えると、庭のツツジの点検だ。ツツジは個人的に好きなのだが、最大の問題はチャドクガが発生することだ。チャドクガは放置すると本当にひどい目にあうので、毎年きちんと駆除をしなければならない。そして、今は年二回の発生期のうちの二回目だ。
もっとも、毎年根気よく殺虫スプレーを駆使して駆除しているので、大発生をしたことはない。卵にも毒性のある毛があるため、完全防備をする必要があるのが面倒だが。
そして、俺が一生懸命ツツジの葉を確認している間、近くの木では、枝に登った月夜がうまくバランスを取りながら昼寝をしている。
「すやぁ……」
猫かよ……。まあ、ネコ科って感じはするけど。
ワカエも月夜も、毎日自由に生きているよなあ。その一方で、なんか俺は家事の量が増えただけな気がする。
キノコの精霊と同居ということで、何か面白いこと、普通では考えられないようなことを色々体験するかもと密かに期待していたのだが、現実とはかくも非情である。まあ、可愛い女の子と一つ屋根の下に暮らしているってだけでファンタジーと言えばファンタジーなわけだけど。
庭に出たついでに蔵に顔を出すか。温度と湿度の管理はキノコのあいつらに任せた方がいいが、電気を使っている以上一日に何度か見ておかないと心配だ。
「うーっす」
俺は蔵に入りながら簡単な挨拶をする。ワカエと月夜のミニキノ娘がいるから、入室の挨拶のようなものだ。
いつもなら「タケルー!」と甲高い声が返ってくるが、今回は聞こえてこない。どうしたんだ?
気になって蔵の中に入って行くと、ミニキノ娘たちが集まって何かを見ている。それは、ヒラタケでもツキヨタケでもない新しいキノコだ。ブナの原木に、白いキノコが生えている。まっすぐ生えてカサが大きく、いかにもキノコといった感じの外見だ。
『普通は木から生えないのに……』
『なんという根性』
ミニキノ娘が話し合っている声が聞こえる。
「そのキノコって何だ?」
『あー!?』
ミニキノ娘が悲鳴を上げて俺を見る。え? 確かに夢中になって話し合っている所にいきなり声をかけたのは悪かったけど、悲鳴をあげられるのはちょっと悲しいなあ。
「わ、悪い、驚いたか?」
『驚いたけど、たぶんタケルが思っているようなことじゃないんだ……』
「え?」
『タケルがここに来たことで条件が整ったんだよね』
『いわゆる手遅れってやつ?』
こいつらが何を言いたいのかさっぱり分からない。ただ、俺がここに来ることはまずかったのか?
そのとき、袖をくいくいと引っ張られた。ミニキノ娘にそんな力はないから、ワカエか月夜だな。
「ちょうどいい所にきた。なんか俺がやらかしたみたいなんだが……」
そこまで言って俺は言葉を止めた。
そこにはワカエでも月夜でもなく、見たことのない女の子が立っていた。
外見は十代前半の少女で、全身白づくめだ。白いモコモコが首のあたりと裾についている冬に着るようなロングコートなのに袖がない。しかも、肩のあたりで縫い合わされていて、腕が出せなくなっている。そのロングコートはファスナーで前を閉じるようになっていて、真ん中のあたりから左手が少し出ている。その左手は白い手袋をしている上に、手首まで見えている部分はその白いロングコートの一部分と思われるものを着ているようだ。
白い細い棒が立っているかのようだった。両腕が肩から出ていないだけで直線的に見えるもんだな。で、大きな白いブーツで背丈を稼いでいるようだが、それでも俺の胸の部分ぐらいまでの背丈しかない。
まあ、それはいい。
とにかく最初に見た時に目につくものが衝撃的すぎた。
その女の子がかぶっている帽子。いや、帽子のようなもの? それは白い球体だが、その球体は大きな口を持っていて、しかもその口の中には鋭く大きい牙がびっしりと生えている。あれだ、配管工兄弟が活躍するゲームで、土管から出てくる花の花部分のような見た目だ。さらに、その凶暴な口から、白いガスのようなものが出ている。
「あの……君は?」
「…………」
俺が話しかけると、その少女はビクッと体を震わせて俺の方を見る。口元までロングコートのファスナーを上げているのと、巨大な口の帽子をかぶっているため、目と鼻しかよく見えない。あ、髪も白なのか。ボブカットかな? そして、その目は赤く光っている。
……そう、赤く光っている。これだけで、この子が人間じゃないのが分かる。
「君は何のキノコかな?」
「……グタケ」
「え?」
ぼそぼそと喋っているため、とても聞き取りづらい。
「……マゴテングタケ」
「……え、なんだって?」
やっぱりよく聞こえないな。小さくか細い声はいかにも女の子っぽくて可愛いと思ってしまうけど。
「シロタマゴテングタケ! ギャルゲーの主人公か、お前は!?」
突如、ボーイッシュな女の子の声が響いた。
え? しかもその声が響いてきたのは目の前の女の子。でも、か細い声の時とは全然違う声だけど。
「察しが悪いなあ、ボクだよ、ボク」
……巨大な口がパクパク動いている。しかも、そいつから出ている白いガスが何やら集まり始めて「難聴は流行らないぞ」と文字を作っている。そんなアホな。
「鳩に豆鉄砲をくらったような間抜けな顔をいつまでしているんだか。早く土を持ってきてよ。木に生えるのはイレギュラーなんだ。長い間もたない」
なんかペラペラと大きな口が喋っているのがシュールだ。しかも、球体が真っ二つになるような大きな口をしているくせに、わりと言葉が聞き取りやすいのがなんか腹立つ。
「ちょっと待ってくれよ。いきなりそんなことを言われても……」
「……お願い」
その女の子の上のでかい口ではなく、下の口から小さな声が聞こえてきた。下の口ってなんかエロいな。
「ん? ゲスな波動を感じるぞ、このスケベ」
「お前はエスパーか!」
「……お願い、お兄ちゃん」
「任せろ!」
上の口は気に入らないが、可愛い女の子にお兄ちゃんなんて言われたら、男として最善の努力を尽くさなければならないのは至極当然だ。
俺はとりあえず使ってない植木鉢に土を詰めることにした。そして、蔵へと戻ると、そこには白い少女だけでなく、ワカエと月夜もいて何やら頭を抱えている。
「まさかヴェルナも来るなんて……」
「ん、ヴェルナってその子の名前か?」
俺が顔を出すと、白い少女がトトトトと駆け寄ってきて、ぽふ……といった感じで俺に抱きつく。それを見て「あー!」と声をあげるワカエと月夜。
「……私、アマニタ・ヴェルナ。ヴェルナって呼んで」
……なんかもう、三人目確定ということだろうか。
俺はため息をつくと、何から話をすればいいのか悩むのであった。