05 毒キノコの純情
「うん、やっぱりそうめんは一年中食べられるな」
今日の昼食はそうめんだ。作るのが簡単で、つるっと食べられるから昼の定番のメニューの一つだ。
「うまうま」
「こら、ワカエ。勢いよくすすりすぎると、めんつゆが服に飛ぶぞ」
ワカエはなんというか急いで食べるクセがある。まるで子供みたいで見ていて微笑ましいところはあるが。そして、対照的に月夜はゆっくりと丁寧に食べる。そうめんをすする音もほとんど聞こえない。
「このめんつゆは、シイタケを使ってるのね」
干椎茸の出汁を使う料理はたくさんあるが、その中でもめんつゆは実に美味しいと思う。そうめんを食べ終わった後に、めんつゆに沈んでいるシイタケを食べるのがお楽しみだ。
「むう、ヒラタケだっていけるよ。ただ、めんつゆとして使うよりも、めんつゆと一緒に煮て食べるのがお勧め」
「それはいいな。今度試してみるか、簡単そうだし」
「人間の間ではシイタケの方が料理のバリエーションは豊富だけど、ヒラタケだって負けてないからね、えへん」
得意気にワカエが言うと、いつの間にかそうめんを食べ終えていた月夜がすっと立ち上がって台所の方へ向かった。
そして、しばらく経つと、何やら香ばしい匂いがするものを持ってきた。
「どう、バター焼きよ」
「ちょっと、月夜、これって……」
おお、バター焼きはいいものだ。はまぐりが自分の中では鉄板だが、キノコのバター焼きもいける。目の前のキノコはそこそこ大きくて肉厚で美味そうだ。
「これは……ヒラタケか?」
「ヒラタケじゃないよ」
……その言葉に一気に悪い予感が膨れ上がった。いや、月夜が一人で料理をしていた時点でその予感を考えるべきだった。
「まさか……」
「わ・た・し。ねぶるように食べていいのよ」
ポッと頬を赤らめる月夜。いやいや、それはないから。
「ちょっといい、って、あちっ!」
ワカエが横から身を乗り出してきて、バター焼きキノコを手に取ろうとしたが、当然熱くて手を引っ込めることになる。
「できたてだから、そりゃ熱いだろ。何をしようってんだ」
「それを縦に裂いて」
俺はナイフとフォークを持ってくると、バター焼きキノコを縦に切る。
「ああん、中身を見ようなんて、タケルったらいやらしいんだから」
「ちょっと静かにしようね」
「タケル、それの根元の部分を見て」
あ……! 中身の根元の部分が黒いシミになっているな。
「その黒いシミがあるのがツキヨタケ。これで見分けるのが一番簡単かな」
「ちなみに、私のパンツも黒いわよ」
ああ、黒いかぼちゃパンツって謎だなあと思っていたが、そういう理由があったのか。
「キノコが若かったりすると黒いシミがなかったり薄いことがあるけどね」
「ちなみに、ツキヨタケを食べるとどうなるんだ?」
月夜は一瞬真顔になると、にやりと笑った。緑色の双眸が妖しく光る。そういえば、左目を見せてくれないんだよな。
「嘔吐や下痢になって、ひどくなると脱水症所を起こすわ」
「ツキヨタケは死亡例もあって、猛毒って表現されることもあるね」
とりあえず、このバター焼きツキヨタケは処分しないとな。生ごみとして捨てて大丈夫だと思うけど、埋めたり焼却処分した方がいいのかな?
「まったく、毒キノコを料理しないでくれよ……」
「だって、キノコ料理で盛り上がっているんだもん。毒キノコの私には縁のない世界、くすん」
しょんぼりとする月夜。でも、目はこちらを見て笑っている。
「まあ、こういう悪戯はやめれくれよ」
「はーい」
てへぺろとばかりに舌を出す月夜。なんかムカついたから軽くチョップしておこう。
「毒がなきゃいいのにな。なんで毒があるんだよ」
「人間が好きすぎるから」
「はい?」
何とはなしに呟いた言葉に、予想外の言葉が返ってきた。
「なんだよ、それ」
「私たち毒キノコはね、キノコの中でも特に人間が好きでさ、人間に食べられるともう舞い上がっちゃって、体の中で張り切っちゃうんだ。それが人間には毒となるみたいで、まったくもって困ったというか」
なんという新説。
いやいや、おかしいだろ、それ。
「カエンタケのカエンさんなんて、人間に触れられただけで顔真っ赤になって、そのせいでその人間の手がただれたりするんだよね」
「カエンさん、ヘヴィメタファッションだけど、純情だから……」
「月夜もその純情さを見習えば」
カエンタケって、あの外見が炎みたいなキノコで、毒キノコの中でも一番危険って言われているやつか。
話を聞くと面白そうではあるが……。
「そもそも、毒キノコには毒の成分が含まれているから食中毒になるわけで、本人の性格とか関係ないんじゃないか?」
「私たちの毒は人間に出会って得たものだから」
……!?
「大昔にいた私のご先祖様は毒を持っていなかったけど、人間に出会ったのがきっかけで心が高ぶって、なんか毒ができたとか」
「あなたと違って随分と純情だったみたいね」
「その形質が受け継がれてきたから、私も毒を持っているわけ。そして、その毒を人間が調べると、イルジンSとかMとかそんな名前がつけられたわけ」
つまり、後天的にできた毒? いやいや、そりゃないだろ。
「まあ、学校で勉強したことだけど、随分と昔のことだからどこまで本当のことかは分からないみたい」
「人間大好きな毒キノコが多いのは本当だけど、その表現の仕方がひねくれすぎてて、本当に人間が好きなのか分からない子もいるしね。人間が好きすぎて食中毒を起こすってのもどこまで本当やら」
「少なくとも、私は人間が好きよ」
「だから、いちいちタケルに抱きつかない!」
うーむ、結局のところよく分からんな。単純にからかわれただけのような気がしないでもない。
「タケル」
そのとき、ワカエが俺に話しかけてきた。上目遣いでいつもよりなぜか殊勝な感じだ。
「毒キノコじゃなくても、私たちキノコの精霊は人間が大好きだからね」
軽く受け流そうと思ったが、ワカエの目が真剣なので、俺はワカエの頭をぐりぐりと撫でる。
「そんなことは分かってるって。美味しいキノコは人間にとって大切なものだからな。その美味しさに感謝してるよ」
「えへへー」
今日の夕食もキノコだな。